世界三大織物のひとつに数えられる、奄美大島の大島紬。
最近、休暇で奄美大島に何度か足を運んだのですが、その際に大島紬について見聞きする機会がありました。大島紬は絣 (かすり) の一種、すなわち織った後の模様を想定して部分的に染まらないように糸を先染めする織物となっています。
絣(かすり)とは、絣糸を用いて文様を表す織物技法である。文様を表す他の技法に、経糸もしくは緯糸の浮き沈みによって表現する錦、織り上がった後で染める後染めなどがあるが、絣は先に表現する文様に応じて糸に部分的防染処理を施す(これを絣糸と呼ぶ)ことで、独特のかすれ具合が出る。
出典: 繊維用語集 (トータス株式会社) https://www.ttsmile.co.jp/glossary/category/technique/weave/kasuri.html1
そのため、「締機 (しめばた)」という工程で一度糸を仮織し、それを染め上げることで絣糸を作ります。そのうえで、平織りで絣を織り上げるようなプロセスを経て生み出されています。メンズドレスクロージングの世界を通じてテキスタイルに多少の興味を持つようになった私にとっても、とても興味深い世界です (なんてえらそうなことを書いていますが、私もここで初めて絣とは何なのかを理解したクチです)。
そして、大島紬における染めの工程といえば、奄美大島固有とされる技法の「泥染め」です。今回は、奄美大島にて〈United Athle (ユナイテッドアスレ)〉の高番手の糸で編まれたTシャツを泥染めした際のエピソードを紹介していきます。
United Athleの5777-01
まずは、ベースとなったTシャツについて取り上げたいと思います。
冒頭でもメンションしたとおり、カスタムのベースボディとして有名なUnited AthleのTシャツで、〈5777-01〉という品番のものです。
上の写真は黒の個体ですが、実際に染めたのは白の個体です。
上の写真に写っているタグにあるように、5777-01は目付が7.1オンスと比較的ヘビーウェイトな部類に入るものです。ヘビーウェイトなTシャツは〈Hanes (ヘインズ)〉の〈BEEFY-T (ビーフィーティー)〉のようにゴワッとしたスラブ感の強いものが大半かと見受けてますが、本品は少し趣向が異なり、後述する価格帯の割に類稀なスペックを有しています。
超長綿・高番手・4プライ。ハイグレードな生地
さて、どこがハイスペックかというと、その糸と織りにあるようです。
真っ先に目を引くのは、超長綿を使った80番手の原糸が使われているという点。一方で、「海島綿」やら「スーピマ綿」といった、綿花の産地・ブランドは明記されていません。少しググって調べた感じだと、Tシャツは一般的に20-30番手前後の糸が使われることが多く、スラブ感を持たせたものだと16番手前後のオープンエンド糸になるのだとか。エントリークラスのドレスシャツに使われるような糸がTシャツに使われているのは、何とも贅沢ではないでしょうか。
そして、ドレスシャツ用のポプリン生地なら双糸 (2プライ) で使うであろう80番手の原糸を4プライとし、スムース編みでニッティングされています。7.1オンスとボディが比較的重めなのは、大量の高番手の糸を使って密に編み上げていることを意味しています。写真で表現するのが難しかったのですが、数度の洗濯を経た後でも、マーセライズ加工のようなものとはまた異なる自然な光沢が感じられます。
ハイグレードながらこなれた価格
かくハイグレードな生地を使っていながら、入手価格は1着3,300円程度。そもそも本品を知ったきっかけは、仕事の一環でカスタムTシャツの発注を進めようとしていたところ、ボディの選択肢のひとつに出てきたことでした。残念ながら、予算の兼ね合いでカスタムTシャツ制作の際には選べなかったのですが、個人的に購入してみて気に入った次第です。
2, 3着取り寄せてみていたく気に入ったので、下の記事で紹介した〈Lands’ End (ランズエンド)〉のTシャツに引き続いて何枚かストックしておくことにしました。自宅の倉庫がストックのTシャツやニットウェア、ジャケット・コート用の生地で埋め尽くされており、手を打たなければと考えていた矢先なのですが。
別のメーカーのものですが、糸の番手を追求すると120双といったものもあるようです。しかし、グレードと同時に値段も上がってしまいます。個人的には、本品くらいのバランスがちょうどいいのかなと。
なお、新品の5777-01を2度ほど洗濯・吊り干しした結果、身幅はほぼ変わらずでしたが、着丈は5 cm縮みました。7%ほど縮んだことになり、結構縮んだなという印象です。
Tシャツを泥染めする
前置きが長くなりましたが、ここから泥染めの話に移りたいと思います。
泥染め体験
泥染めを試そうとしたきっかけは、泊まった宿の付帯施設で泥染め体験が提供されていたことでした。木綿のTシャツやハンカチ、ストールを染められるようなものです。たまたま、旅先に前述の5777-01の白Tシャツを持参していたので、それを染めさせてもらうことにしました。
ただし、体験とはいうものの、参加者ができるのは絞り染めのための輪ゴム通しだけ。今回は絞り模様をつけずに均一に染めていただきたかったので、こちらで手を動かすことは何もありませんでした。
タンニンを豊富に含む樹木の煮汁で染める
手は動かさないものの、工房に伺い、実際の作業の様子を見学させていただくことに。
下の写真の真ん中に写っている木片は車輪梅 (しゃりんばい、現地の方言だと「テーチ木」とも) と呼ばれる紅葉樹のもので、タンニンを多く含んでいるとのことです。この木片からタンニンを抽出した煮汁が、写真の左端に写っています。泥染めは、この煮汁で繊維を染めるところからスタートします。すなわち、泥染めも藍染めのような草木染めの一種だといえます。
車輪梅の煮汁に浸すと、白いTシャツは薄い赤茶色に染まります。このとき、触媒として消石灰を加えていたのですが、赤茶色に染まったのは消石灰の影響もあるかもしれません。本番の大島紬では消石灰は使っていないと聞いた記憶。
余談ですが、皮革のベジタブルタンニンなめしの文脈だと、同じタンニンでもミモザなどを由来とするカテコール系 (縮合型) と呼ばれるものと、オークなどに含まれるピロガロール系 (加水分解型) と呼ばれるものに分類した議論がなされることが多いですが、車輪梅のタンニンはカテコール系に属するようです。
タンニンと鉄の化学反応で色を変化させる
そして、タンニンで薄く染まった繊維を鉄分を多く含んだ水槽 (下の写真の右側) に入れると、タンニンと鉄が化学反応を起こして褐色に変化します。これが泥染めの染色原理とのこと。
この水槽には、泥田から掬ってきた水を張っているとのこと。奄美大島の土壌は鉄分を多く含んでいるので、こうした染色技法が発展したようです。泥染め体験のTシャツではなく大島紬を染める際には、現在でも下の写真のように泥田に出向いて作業をしているのだとか。
出典: 那覇市歴史博物館 http://www.rekishi-archive.city.naha.okinawa.jp/archives/item3/80719
大島紬の染色はこうした行程を20回ほど繰り返すとのことですが、今回の体験Tシャツは2、3回で完了。また、本番の大島紬とは異なり、前述のように消石灰を触媒とすることで色の定着を良くしているとのことでした。
こうした泥染めだけを行った絣糸で織られた紬は「茶泥大島」と呼ばれ、先に藍染めしたうえで泥染めしてできた紬は「泥藍大島」と称されているようです。
染め上げられたTシャツ
染めていただいたTシャツは、乾かしたうえで郵送していただきました。
仕上がりの様子
出来上がりはこんな感じです。
手作業で染めているということもあり、若干のムラがありますが、風合いとして悪くないかと思います。
色合いについては、現地で見学した茶泥大島と近しいです。もちろん、紬の方は絹糸を染めて織ったものですが。
縫製糸はポリエステルか何かなので、下のように染まりきりません。
生地の表面に寄ってみました。正直なところ、現時点では工場で反で染めたような生地のTシャツと全く異なる風合いが感じられるわけではありません。着用・選択を繰り返しながらもう少し様子を見てみたいと思います。
草木染めの衣類は人に優しい?
藍染めをはじめとした草木染めの布は、防虫効果や抗菌作用があるといった説を耳にします。実際に今回のTシャツを何度か着用してみたのですが、今のところ体感できている際立った効果はありません。
最後に
今回は、奄美大島に赴いた際に、ちょっとハイグレードなTシャツを土着の草木染め技法である泥染めで染めたエピソードを紹介しました。
今回ピックアップした5777-01というTシャツもカスタム用のベースボディとして展開されているわけですが、草木染めも一種のカスタマイズといえるのかもしれません。次は、同じ5777-01をどこかで正藍染めしてみたいなと画策しています。
他にも、今回のようなファッションアイテムのリメイク・リフォーム・カスタマイズに関する記事をいくつか公開しています。よろしければ、下のリンクから併せてご覧ください。
- この文献は、私も所有する文献「成田 典子、テキスタイル用語辞典、株式会社テキスタイルツリー、2012年」を出典としているようですが、原著ママの引用ではなく非常に端的にまとまっているため、孫引きの形となりますがこちらの文献を引用しています。 ↩︎
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