過去数回にわたって、10年以上前に私が米国を鉄道で横断した旅の回想エピソードを投稿しています。
前回は、西海岸のサンフランシスコ (San Francisco) からロサンゼルス (Los Angeles)、そしてグランドキャニオン国立公園 (Grand Canyon National Park) へ向かう道のりについて紹介しました。
今回は、西海岸から東海岸に至るいくつかの長旅にフォーカスしていきます。ただし、本稿では滞在先での出来事よりも、鉄道を中心とした移動中の話に焦点を絞っていこうと思います。
当時の旅の総行程は、下の図のとおりです。
今回は、グランドキャニオン国立公園から再度西海岸に戻る行程3、そして西海岸から東海岸に向けて北米大陸を端から端まで横断する行程4・行程5を紹介します。
行程3 – グランドキャニオン国立公園 → サンディエゴ (1車中泊)
行程2で、ロサンゼルスから1車中泊を経て訪れたグランドキャニオン国立公園。
バスは、途中で立ち寄ったウィリアム (William) 駅からグランドキャニオンの南側の崖縁 (サウスリム) に向けて、峡谷に対して垂直方向に北上します。サウスリムのすぐ近くにあるバス停を降りて少し歩くと、これまで見たことのないような絶景が広がります。
サウスリムには至る所にビューポイントが設置されていますが、上から見るだけだと勿体無いので、川底へのトレイルを途中まで歩いてみたりしました。
日の出から日中、夕日によって移りゆく渓谷の眺めもさることながら、グランドキャニオンで最も感動した風景はその星空でした。今まで見たことがないほどに満点の星空。標高が高く空気が澄んでいて、電灯などの人工の灯りも少ないので星空が綺麗に見えるのだとか。
当地では1泊することにしました。グランドキャニオン国立公園内にはユースホステルのような安宿はないので、「Bright Angel Lodge (ブライトエンジェルロッジ)」というコテージに泊まりました。こちらに書いた経緯のとおり、グランドキャニオンへの訪問は急遽手配したものでしたが、予約が取れてラッキーでした。サウスリムから歩いてすぐの、アクセスが良好な場所です。ずっとドミトリー、または鉄道の普通席暮らしだったので、束の間の一人だけの空間を堪能します。
グランドキャニオンからの次の行程は、行きと逆の経路を辿るもの。ふたたびフラグスタッフまで戻り、往便とは逆方向の「Southwest Chief (サウスウェストチーフ)」でロサンゼルスに引き返します。鉄道駅もあるフラグスタッフのダウンタウンは大層こぢんまりとしていますが、金曜日の夕方はとても賑やか。
行きと同様、今回も車中泊。午前中にトレイルを散策したのでガッツリ寝れたと当時の日記に残されています。ロサンゼルスのユニオン駅に到着後、サンディエゴ行きの「Pacific Surfliner (パシフィックサーフライナー)」に乗り換えました。
利用した便:
- バス – グランドキャニオン国立公園 → フラグスタッフ (150 km・2時間)
- Southwest Chief – フラグスタッフ → ロサンゼルス (900 km・10時間)
- Pacific Surfliner – ロサンゼルス → サンディエゴ (200 km・3時間)
この時点での累計車中泊数: 2泊
行程4 – サンディエゴ → シカゴ (2車中泊)
サンディエゴには2泊だけのショートステイ。歴史的建築が並ぶガスランプクォーター (Gaslamp Quarter) やウォーターフロントを散策します。
また、メキシコとの国境沿いに位置するサンディエゴでは、メキシコ側の街ティファナ (Tijuana) に徒歩でアクセスできます。時間の関係で観光ナイズされたエリアに限られましたが、ティファナにも訪れてみました。
44時間ノンストップの旅
そして、ここからが今回の旅の山場のひとつでもある、西海岸からシカゴ (Chicago) までの鉄道横断。みたびSouthwest Chiefに乗車し、その終点であるシカゴまでノンストップで向かうこととなります。
無知で若かった当時の私は「まあ大丈夫だろう」と安易な判断をしてしまったのですが、時刻表定刻で44時間35分の旅。すなわち、2連チャンの車中泊が待ち受けていることとなります。アルバカーキ (Albuquerque) やカンザスシティ (Kansas City) など道中の主要都市に立ち寄れば車内での連泊は防げたはずですし、乗換えも視野に入れればセントルイス (St. Louis) などの大都市にも立ち寄れたはず。
画像出典: https://media.amtrak.com/wp-content/uploads/2018/07/Southwest-Chief-Schedule-053018.pdf
ただし、道中まったく下車できないわけではなく、アルバカーキでは約30分ほどの小休止があり、車外に降り立つこともできました。
ところで、この行程における運行距離は3,600 kmとなります。日本を沖縄から北海道まで縦断すると2,500 kmや3,000 kmと言われますが、それよりもさらに長い距離。それだけの距離にわたって連続した鉄道網が敷き巡らされているという事実に改めて驚きます。
USA Rail Passの制限と迂回策
また、この行程で引っかかったのが、USA Rail Passの規約で定められている制限でした。
パスの手引き書には “Travel is limited to no more than four one-way journeys over any given segment” すなわちパスを使って同じ区間を通過してよいのは3度まで、というルールが明記されています。当時、私はこのルールをまったく把握しておらず、行程2で1度、行程3で2度ロサンゼルス – フラートン (Fullerton) 間を通過してしまっていました。
この状態で、ロサンゼルスを経由してのサンディエゴからシカゴへの便を予約しようとするのですが、このルートを選ぶと問題の区間をさらに2度通過することになります。電話で予約を試みるも、当然の如く上記のルールに抵触してしまっていることを伝えられます。しかしながら、ルールも理解しておらず、かつ英語も碌に聞き取れない私は何を指摘されているのか少しも理解できず、Amtrakの電話窓口のオペレーターと拙い英語で押し問答になってしまいました。あの時のオペレーターの方には今でも申し訳ない気持ちです。
上のように図にしてみると容易にわかるのですが、乗り換えをロサンゼルスではなくフラートンにすれば済む話。そもそも、行程3もフラートンで乗り換えた方が合理的だったかもしれませんが、この辺りは詳細な路線図がないとなかなか判断が難しいところでもあります。
実際に、Amtrakのオペレーターからも「フラートンで乗り換えるようにして」と散々指摘されていたわけでして、LA郊外の小さな駅で時間を潰します。
なお、ここまでの行程を鑑みると、グランドキャニオン国立公園の前にサンディエゴに訪れていれば、合計2泊分の車中泊を回避し、はるかに効率的な移動ができたはずです。なぜこのように行ったり来たりのルートを選んだのかの理由は、当時の日誌には記されていませんでした。車中泊で宿代を浮かそうと考えたのかもしれませんが、泊まっていたのもユースホステルのドミトリーばかりだったので、節約額はたかが知れたものです。
普通席での強行突破
長距離列車であるSouthwest Chiefには、食堂車や売店、ラウンジが備わっているほか、寝台車の設定もあります。しかしながら、貧乏旅行を趣旨としていた (というよりも、単に無い袖は振れない) ため、普通席 (Coach) で2連泊を乗り切りました。
当時の記録によると、最も安い寝台個室 (定員2人、洗面・トイレ・シャワーは他の個室の乗客と共有) は追加で236米ドルを支払うことで手配できたようですが、当時の私の選択肢に登ることはありませんでした。Amtrakには、かつては「Slumbercoach」と呼ばれ、普通運賃で利用できるようなクシェット (簡易寝台) があったようなのですが、私が旅をした時代には既に廃止の憂き目にあっていたようです。
なお、社内に普通席の乗客が使えるシャワーはありません。上述のとおり、寝台車の乗客にはシャワーが用意されてはいるのですが。2晩にわたってシャワーはお預けとなりました。
車内での生活
現在でこそ、5Gのようなセルラー通信や車内Wi-Fiのようなモバイル通信は当たり前のものとなりましたが、私の旅行当時はそうしたものはありません。車内ではラウンジ車で見知らぬ人と会話をしつつ景色を眺めたり、音楽を聴いたり、日記を書いたり、本を読んだり、昼寝したり…… して暇を潰しました。44時間ブッ続けの鉄道旅でキツかったのは、横になれないことではなくひたすら暇なことでした。貧乏暇なしとはこれ如何に。
乗客は感じの良い方が多い印象で、向こうから話しかけられる、またはこちらから話しかけての会話が苦になることはありませんでした。のんびり鉄道旅行するくらいに心の余裕のある方が多いのでしょうか。
現在なら車内Wi-Fiもあったりするのだろうかと思って調べてみたところ、この行程で利用したSouthwest Chiefや行程10で利用した「Empire Builder (エンパイアビルダー)」では、そうしたサービスの提供は無い模様。
一方、米国の通信サービスプロバイダであるAT&Tのサービス提供エリアを見ると、Southwest Chiefが通過する砂漠地帯でも、概ねサービスの提供はあるようです。スマートフォンやテザリングでの通信はある程度問題がないのかもしれません (要確認)。
車内での食事
貧乏暇なし、といえば、貧乏なのは車中での食生活にも影響します。今回、乗車前にフラートン駅の近くで夕食を済ませておいたため、食事の機会は乗車2日目の3食と3日目の朝・昼の計5回となります。なるべく各地の美味いものに資金を残しておきたい、ということで、食堂車の利用は道中2回のみに抑え、残りは売店の軽食や乗車前に買っておいた駄菓子の類で済ませました。
コンセントの奪い合い
便によって、電源が個々の座席にあったりなかったりします。よりによって、長旅となる今回は電源が個々に提供されていないパターンでした。この場合、使用可能なコンセントはラウンジ車にある2つ程度で、それを多くの乗客が奪い合う構図に。私もPCを充電すべく、その争奪戦に参加していました。
利用した便:
- Pacific Surfliner – サンディエゴ → フラートン (160 km・3時間)
- Southwest Chief – フラートン → シカゴ (3,600 km・44時間)
この時点での累計車中泊数: 4泊
行程5 – シカゴ → ワシントンDC (1車中泊)
長旅を終えて到着したシカゴ。ここには東海岸を訪れた後にも戻ってくるので、まずは1泊だけ滞在します。
シカゴは歴史的に食肉産業が盛んな地で、グルメ面でも心躍る街です。
次の目的地であるワシントンDCに向けて、再度夜行列車に乗り込みます。今回乗車するのは「Capitol Limited (キャピトルリミテッド) 」という名の便となります。18時間・1,300 kmと、これまた長い道のりです。しかし、始発駅となるシカゴを夕方7時に乗車し、終点であるワシントンDCには翌午後1時に到着するので、車内で寝ることを考えると体感的には比較的短い便です。車内でも特に何かあったわけではなく、乗って寝ていたらいつの間にかDCに着いていました。
利用した便:
- Capitol Limited – シカゴ → ワシントンDC (1,300 km・18時間)
この時点での車中泊数: 5泊
最後に
今回は、西海岸から東海岸までを一気に鉄道で駆け抜けたエピソードを紹介しました。
アメリカ出身の方と話す際、LA (正確にはフラートン) からシカゴまで44時間ブッ続けで鉄道に乗ったんだぜ、といつも自慢げに話すのですが、現地の方で鉄道で長距離移動をしたことのある方はかなりの少数派。なかなかその偉業を理解してもらうことはできません。
ワシントンDCを訪れた後は、東海岸の主要都市を訪問します。その様子は、下の続きの記事でお届けしています。
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