クロコダイル革の小物を作る (2) 工房探しと革探し

下の記事で、クロコダイル革のミニ財布をフルオーダーで製作いただいたストーリーの前日譚を紹介しました。

クロコダイル革のミニ財布の笹マチ Gusset of a crocodile wallet
クロコダイル革のミニ財布の笹マチ | Gusset of a crocodile wallet

ワニ革での小物製作に関心のある方に参考になればという観点で、工房探しから発注までの経緯を紹介します。

工房探し

オーダーを進めるということで、まずは製作を依頼する工房・メーカーを決める必要があります。

Webで検索

Googleで「ワニ革 フルオーダー」や「クロコダイル オーダーメイド」などと検索すると、決して少なくない数の工房・メーカーがヒットします。私の場合は、以下の基準で工房・メーカーを絞り込んでみました。

  • 言うまでもなく、ワニ革の小物製作に対応できること。ワニ革やオーストリッチ革、ヘビ革などのエキゾチックレザーは、牛革や馬革、羊革をメインで扱う工房・メーカーだと対応できないこともある。エキゾチックレザーに特化した工房・メーカーを中心に絞り込みを試みた
  • 工房・店舗が東京近郊にあること。直接出向いて打合せをしたり、使う革の現物を確認したりしたいので
  • 製作は国内で実施されること (今回は、日本の職人に作ってもらいたいということで)
  • フルオーダーに対応できること。今回は作りたいデザインが大方決まっているため、パターンオーダーのように「色などのカスタムオーダーには対応できるが、型紙を一から作成するような対応はできない」という内容だと不十分なので

後から知ったのですが、ワニ革を含むエキゾチックレザー関連産業の業界団体「全日本爬虫類皮革産業協同組合」のWebサイト「エキゾチックレザーマーケットジャパン」の組合企業検索も参考にできるかもしれません。

企業検索・会員一覧 | エキゾチックレザーマーケットジャパン
エキゾチックレザーの総合サイト「エキゾチックレザーマーケットジャパン」のHP。クロコダイル、パイソン、リザード、オーストリッチなどのエキゾチックレザーに関する知識から、日本製エキゾチックレザー製品の証であるJRAタグについてご紹介しています...

相見積 (概算) と各工房・メーカーの特色

該当した5つほどの工房・メーカーに、以下の要求を伝えて概算見積を聞いてみることとしました。念のため、先方が不快に感じる可能性を下げるため、相見積を取っている旨も明確に伝えました。

  • デザインの概要と寸法 (今回はとある既製品をデザインの土台としているので、その既製品の情報を展開)
  • 背割りのイリエワニ (スモールクロコダイル、ポロサスワニとも) を「センター取り」で使用すること
  • ワニ革は青・紺系の色のグレージングされたものを選べること
  • 内装革や金具などの副資材の一部は、こちらから支給するものを使ってもらうこと
  • ミシン縫いに対応できること。今回は手縫いてある必要は無く、手縫いよりも工数の少ないミシン縫いでなるべく費用を抑えたいため

背割り – ワニの筒状の胴体を開いて皮を剥ぐ際に、背中を裁って開くこと。バックカット (Back cut) とも。ゴツゴツした突起 (背鱗板・ホーンバック) のある背中に対して、平らで鱗が整然とそろった肚 (腹) 側の皮を生かした製品作りができる。肚を裁って開く腹割り (ベリーカット、Belly cut) もあり、こちらは逆にワニの背中の雰囲気を生かした作品に活用できる。

ワニの背中のホーンバック | Image by Pfüderi from Pixabay

センター取り – ワニ革を使った製品の製作において、1頭のワニから取れるワニ革の中央部分を使うこと。背割りのワニ革の場合、一般に中央に来る腹の部分が斑が最も綺麗だとされており、価値が高い。1枚のワニ革から複数の製品を作る際、最も価値を高めたいものをセンターに充てがうことが多い。

グレージング – ワニ革の製造における仕上げ工程にて、革の表面 (銀面) をメノウなどで磨いて光沢を出すこと。ワニ革の既製品にはツヤツヤのものとそうでないものがあるが、ツヤツヤのものはこの仕上げ加工がなされている。

ワニ革の製造工程における仕上げ | Surfacing process for crocodile/alligator skin
出典: 千石 正一 他 監修、「エキゾチックスキンの基礎知識」、1999年、ページ27

返答として返ってきた概算見積は、上は18万円、下は5万円と大変大きな開きがあるものでした。下と上とで3倍以上異なります。また、概算見積を案内してくれた工房・メーカーとメールでやり取りしたり、実際に工房・店舗に訪問した結果、それぞれの工房・メーカーに以下のような特徴があることが見えてきました。具体的な名前は出さない形で、以下のようにまとめてみました。

ワニ革のフルオーダーに対応する5つの工房・メーカーの比較 Comparing 5 manufacturers for custom-made crocodile skin items
ワニ革のフルオーダーに対応する5つの工房・メーカーの比較 | Comparing 5 manufacturers for custom-made crocodile skin items

結論から言うと、やはり圧倒的な安さに抗えず、メーカーCと話を進めることにしました。

価格は安いものの、フルオーダー品のサンプルを見せていただく限りは、他と謙遜ない仕上がりでした。安かろう悪かろうということも一切なさそうです。メーカーCが他と比べてなぜこれだけ安くできるのか?に関する直接的な解を得ることはできませんでしが、話していると「ウチはあんまり儲けは追求していないんだよね」といったニュアンスのコメントが出てくることがありました。単にマージンの乗せ具合の問題なのかもしれません。こうした経緯もあり、今回の一連の記事中では最終的に発注したメーカーも含めて工房・メーカーの名前は開示しないことにしました。

ただ、他の工房・メーカーも色々と魅力的な点は多くありました。例えば、メーカーAは革の在庫を多く抱えており、実際に店舗で確認することができました。今回、私は青や紺の革を使った製作を検討していました。しかし、特に明るめの青はポピュラーな色ではなく、製造・流通量が限られてくるため、イメージに沿った色の革に巡り合えるチャンスは高くありません。そうした点で、あまりポピュラーでない色を考える場合、豊富な在庫から革を選べることには大きなメリットがあります。一方、黒や茶のような流通量の多い色だと、こうした心配は不要になってくるでしょう。

また、メーカーBのハンドパティーヌも非常に興味深い提案です。ワニ革のムラ染めというのは、他でも聞いたことがありません。逆に、作りたいものの構想がある程度形になっている私にとって、工房Dのようなデザイン提案は不要なものでもありました。工房Eの職人さんからは非常に高いクラフツマンシップを感じられたのですが、如何せん最安値との乖離が大きすぎるのが…

欲しい革が見つかるまで

上で挙げたように、メーカーCと発注に向けた具体的な調整を進めていくことにしました。メーカーCは革をあまり多く在庫しておらず、こちらのリクエストを伝え、イメージに近いものを革問屋から借りてきてもらう形で調整を進めることになりました。

色と流通量

ただ、最初の段階で、「明るめの青はあまり作られていないから、気長に待った方がいいかも」と期待値の調整がありました。特に、昨今はイリエワニは黒かヒマラヤばかり作られる傾向にあるとのこと。そうしたことから、まずはあまり多くをこだわらずに、イメージに近い色味のものが入荷されたら教えていただくことにしました。

ヒマラヤ (Himalaya) – 背割りのワニ革の原皮の色を生かしたカラーリングの革。肚の部分が乳白色で、脇に向かうにつれて灰色がかっていく。染色による誤魔化しが効かないので、傷などの不良の少ない原皮でないとヒマラヤにできないとされる。Hermès (エルメス) のBirkin (バーキン) で有名。

エキゾチックレザーの問屋である堀内貿易のWebサイトには、以下のような説明がある。

雪が降り積もったヒマラヤの山景をイメージした美しい仕上げで、比較的新しい手法です。

通常、クロコダイルを鞣す際にはクロム鞣剤を使用しますが、青味を帯びた薬品であるためピュアホワイトを表現するには適しません。ヒマラヤ仕上げでは鞣しにクロム鞣剤を使用せずクロコダイル本来の天然斑模様を生かします。

染色をせずに素の状態で仕上げ作業に入るため、使用する原皮については品質のみならず斑模様の濃度やバランスを吟味し厳選する必要があります。

https://www.horimicals.com/finishes/#finish-himaraya

Sotheby’s (サザービーズ) のWebサイトにヒマラヤのナイルワニを使ったBirkin 30が掲載されている。肚の中心が乳白色で、脇に沿ってグレーが勝っているのがわかる。こちらの鞄、2022年にSotherby’sのオークションに出品された際、なんと44万米ドルで落札されたとのこと。

HERMÈS BIRKIN 30 WHITE HIMALAYA MATTE NILOTICUS CROCODILE PALLADIUM HARDWARE, 2016
画像出典: https://www.sothebys.com/en/articles/the-top-6-most-expensive-hermes-birkin-bags

革の大きさ

また、今回は比較的小さめの財布をセンター取りで制作するという構想です。この場合、斑 (ふ) の模様を綺麗に取り入れるには、大きめの革よりも小さめのものの方がいいとのことでした。しかしながら、小さめの革は往々にして黒に染色されることが多いとのこと。革選びが一層難しくなります。

なお、ワニ革の大きさは、下の図に示すような横幅で規格化されているようです。

ワニ革のサイズを決める横幅 | Sizing of crocodile skin, determined by the width

例えば、ある革の横幅が26 cmであれば、その革のサイズは「26 cm」となります。革全体の大きさが横幅に比例するであろうということと、横幅が大きい革ほどセンター取りの革を大きく取れる、ということから合点がいきます。また、革の価格もこの横幅に比例するような値付けであるようです。2,000円/cm x 26 cm = 52,000円 といったイメージですね。言うまでもなく、上の例の「2,000円」はワニの品種や革のグレード、鞣し・染色工程などの如何によって異なります。こうしたものが同じであれば、革の価格は上記のサイズに比例するということです。

イリエワニの場合、比較的小さめの革として20 cm前後の幅のものが流通しているようです。このような小さめの革にたどり着くことができれば、原価の面でもデザインの面でもベターです。

グレージング仕上げとマット仕上げ

そして、当初はグレージングされた革を検討していましたが、マット仕上げのものに変更することにしました。工房・メーカーの方と協議した結果、グレージングは最初は光沢が綺麗であるものの、バインダーがくすんで曇りがかってくるような経年劣化が生じることがわかったためです。一方、マットのものも使い込めば自然な光沢が出てくるので、長く愛用するならマットの方がよいとのことでした。

最後に

何度か候補となる革の写真を送ってもらったり切れ端を郵送してもらったりしましたが、イメージに合うものがなかなか見つかりませんでした。結局、製作を発注した革に巡り合うのに3ヶ月ほどを要しました。

下の記事で、革が見つかってから発注までの経緯を紹介しています。

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