一本木の傘について考える (1) 一本木の傘とは?

服好き・靴好きの方の中には、雨の日に使う傘にも強いこだわりをお持ちの方が少なくないかと思います。私も、ほんの少しばかり上等な傘を持ってはいるのですが、いつか手にしたいと考えている傘があります。

それが、「一本木の傘」なのです。

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「一本木の傘」とは?

ここでいう「一本木の傘」とは、傘の手元 (ハンドル) から中棒 (シャフト) までが一本の木で作られたものを指しています。ただし、「一本木の傘」ということばはどこでも通じるものではなく、私が調べた限りだとこうした傘を指す明確な日本語は無いようです。

傘の中棒と手元
傘の中棒と手元

一方、英語だとそうした傘をさす「Solid umbrella」ということばがあります。特に、イギリスの有名傘メーカー「Fox Umbrellas」のWebサイトには、下のような分類が示されています。

Tube, Stick or Solid
TubeThe tube umbrella is fitted with a metal shaft.  This type of umbrella gives an elegant and slim finish.  We offer a...

あくまでFox Umbrellasによる定義ですが、要約すると以下のようになっているようです。

  • Solid – 上述のように、手元から中棒が一本の木でできたもの
  • Stick – 手元と中棒は別パーツだが中棒に丈夫な木を用いたもの
    (Stickは、日本語の「ステッキ (杖)」の意味合いである模様 (ステッキは英語でStick)。頑丈な木を中棒に使うことで、ステッキのように体重を支えるような負荷を掛けても大丈夫、ということ
  • Tube – 中棒を鉄やアルミ合金などの金属としたもの

すなわち、私が所望するのはSolidの傘、ということになります。

現在私が愛用する長傘

翻って、私の手元には現在2本の長傘があります。

前原光榮商店の16本骨傘

皇室御用達メーカーとして有名な「前原光榮商店」の傘。2015年頃に、東京・日本橋の三越で購入しました。

前原光榮商店の傘
前原光榮商店の傘
昭和23年創業 トンボ洋傘 前原光榮商店<公式サイト>

発色の良い、華やかな傘布

こちらの傘は、ジャカードの傘布の華やかさに惹かれて購入したものです。

手持ちの前原光榮商店の傘の生地
手持ちの前原光榮商店の傘の生地
手持ちの前原光榮商店の傘の生地
手持ちの前原光榮商店の傘の生地

傘布は山梨県の「槙田商店」による、いわゆる甲州織だと思われます。

【公式】槙田商店 職人が手掛ける日本製高級傘・生地専門店
山梨県の富士の麓で、生地作りから傘の組み立てまで一貫して行う、1866年創業の老舗織物工場です。服地作りの技術を活かし、晴雨兼用傘、日傘、折りたたみ傘など幅広い種類の傘をご用意。

前原光榮商店や「小宮商店」などの日本の高級傘メーカーが同社の傘布を採用し、「甲州織を使った傘」としてアピールしているほか、槙田商店でも独自に傘が製造・販売されています。

余談ですが、甲州は西陣織の京都と同様、古くから紋織物が盛んな地域のようです。紋織物は、織で模様を生み出すことから必然的に生糸を織る前に染色する (先染め) 必要があります。ごく一部の例外を除いて傘の生地は絹ではありませんが、甲州織のサプライチェーンがジャカードの美しい傘生地の製造に一役買っているということなのでしょう。また、骨が16本なので、開いた時に美しい円が描かれるのもポイントです。

傘布を拡大したところ。織柄の様子がわかる
傘布を拡大したところ。織柄の様子がわかる

傘の構造

さて、本記事の主旨である手元・中棒の素材に着目すると、手元はマラッカ籐、中棒は樫でできています。

前原光榮商店の傘の手元と中防の様子
手元と中防の様子

中棒は金属ではなく木ではあるのですが、この傘をステッキのように使えるほど強度のあるものではありません。そうしたことから、上述の3つの分類に照らし合わせるとTubeに分類されるべきものになると考えられます。

手元にマラッカ籐を使用した傘は、エイジングに伴って「フラワー」と呼ばれる模様が出現することが愛好家に好まれています。この傘も、7年ほどの愛用を通じてそうした風合いが感じられるようになってきました。真鍮の玉留めも、個人的に好印象なポイントです。

前原光榮商店の傘の手元
前原光榮商店の傘の手元

Ince Umbrellasの「Solid Stick Umbrella」

続いては、英国最古の傘メーカーを標榜し、首都ロンドンでの製造を誇る「Ince Umbrellas」です。「James Ince Umbrellas」とも呼ばれているようです。

イギリスの傘メーカーといえば、Fox Umbrellasやかつての「Brigg」が有名どころです。Briggは「Swaine Adeney Brigg」を経て、いつの間にかブランド名が単に「Swaine」になっているようです。これらとは対照的に、Ince Umbrellasは庶民的なメーカーで、商品の価格帯も顕著に安めです。

Ince Umbrellasのタグ
Ince Umbrellasのタグ
James Ince & Sons (Umbrellas) Ltd
Welcome to James Ince Umbrellas 1805 UK Home Page With Our Award Winning Hand Made British Umbrellas.

もう一本の傘は、2017年頃に購入したInce Umbrellasの「Solid Stick Umbrella」と称して販売されていた傘です。

Ince Umbrellasの傘
Ince Umbrellasの傘

先の前原光榮商店の傘とは異なり、傘布は茶色で地味なもの。購入時の商品によると、こちらも手元の素材はマラッカ籐となっています。

Ince Umbrellasの傘の手元
Ince Umbrellasの傘の手元
Ince Umbrellasの手元と中防の様子
手元と中防の様子

手元に着目すると、上の前原光榮商店の傘と同様、新品時と比べて味が出てきました。

Ince Umbrellasの傘の手元
Ince Umbrellasの傘の手元

思ってたのと違う…?

こちらの傘、上で挙げた商品名のとおり「Solid」と謳われており、私も手元から中棒まで一本の木で作られた傘だと期待して購入したのですが、上の定義でいうところのSolidなのか懐疑的です。というのも、上の写真のように一見すると手元から中棒までがひと繋がりに見えはするのですが、手元と中棒は異なる素材を継ぎ合わせているようにも見えるためです。また、手元はマラッカ籐であることは間違いないと思われるのですが、中棒の表面の模様は籐 (ラタン) ではなく木材のように見受けます。

手元と中棒の境界にクロースアップ。中棒は木なのではないか?

すなわち、この傘はSolidではなくStickに該当するものではないか、という疑念があるのです。私が一本木の傘に思いを馳せているのも、一本木だと期待して買ったこの傘が実は一本木ではなさそうだ、と判明したことに端を発しています。

ただ、Stickの傘だと見なすことができるくらい、中棒は非常に頑丈です。中棒の直径を測ったところ、前原光榮商店の傘は約10 mm、Ince Umbrellasの傘は約15 mmと大きく異なります。

一本木の傘に惹かれる理由

私がなぜ一本木の傘を求めているのかについても、改めて考えてみました。

まず、雨傘として「我が身を雨から守る」という本質的な機能性の面では、一本木の傘にはメリットは何も無いと考えます。むしろ、アルミの中棒の傘よりも重量が顕著に重くなるため、傘を支える・持ち歩くのに疲れるという点では機能的なデメリットが目立つ仕様ともいえます。加えて、やや些細な点ではありますが、一本木の傘には構造上玉留めを取り付けることはできません。機能的な利点を強いて挙げるとすれば、中棒が頑丈な木なのでステッキの代わりとして使えることがあるかもしれませんが、少なくとも私は傘をステッキの代わりに使うことはありません。

前原光榮商店の傘を手に持って

一方、SolidやStickの傘は、Tubeの傘よりも高額になりがちです。中棒となる木材の削り出しや、開閉のバネの組込みに工数が生じてしまうためです。特に、バネの組込みは手作業に依存せざるを得ないものと想定されます。これは技術的な難しさに加えて、SolidやStickの傘の需要が少なく製造量が限られるため、機械化による合理化のメリットが薄いためでしょう。

それでも一本木の傘に惹かれるのは、傘を開いた時に伝わってくる威厳でしょうか。石突きから手元までが美しい一本の木で成り立っている傘は、所有欲を大きく満たしてくれるものでもあります。

前原光榮商店や小宮商店などの日本のメーカーからは一本木の傘はラインナップされていないため、一本木の傘を入手するなら海外メーカーに目を向ける必要があります。次の記事で、今後の一本木の傘の購入を目指し、候補となる傘をいくつか挙げてみたいと思います。

2023年11月 追記

先日、東京・蔵前にある前原光榮商店の直営店を訪ねたところ、受注生産にて一本木の傘を制作していることがわかりました。Webには掲載されていないようなので、あまり公にはなっていないのかもしれません。いずれにせよ、有力な選択肢のひとつになりそうです。

Authored by
Navy Circle

サルトリアル・クラフツマンシップを中心としたクラシックファッションを追いかけるY世代。Respecting the long-lasting classics and craftsmanship

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