モンゴルにおける持続可能なカシミヤ生産 – NHK World-Japanのドキュメンタリーを観て

私は服飾業界で生計を立てているわけではありませんが、以前からこの業界におけるサステナビリティに関する取り組みに関心を抱いています。

以前、大阪・泉大津市の紡織メーカー「深喜毛織 (ふかきけおり)」のミルショップを訪問した際には、カシミヤのサステナビリティに関する同社の取り組みを伺うことができ、その概要を下の記事にて紹介しました。

Image by Alexa from Pixabay

そうした中、NHK World-Japanにて、モンゴルにおけるサステナブルなカシミヤ原毛の生産をテーマとしたドキュメンタリーが公開されてることを知りました。サステナビリティだけでなく、カシミヤ原毛の採取や紡績などのプロセスに関する資料的価値も高く、大変良いコンテンツだと感じたので、簡単に紹介させていただきたいと思います。

Shaping Sustainable Cashmere: Mongolia - Asia Insight | NHK WORLD-JAPAN On Demand
Mongolia's nomads are raising an increasing number of cashmere goats. The goats' soft undercoats provide the raw wool fo...
スクリーンショット出典: https://www3.nhk.or.jp/nhkworld/en/ondemand/video/2022388/ (2023年6月取得)

このドキュメンタリーでは、3つの角度からカシミヤのサプライチェーンを取り巻くサステナビリティが語られています。

カシミール山羊の放牧による砂漠化の進行

過去の記事でも取り上げたとおり、カシミール山羊の放牧は牧草生育に対する負荷が高く、地球温暖化などと並んで彼の地における砂漠化の要因のひとつとなっています。このドキュメンタリーに登場する遊牧民の一人は、砂礫に覆われた丘陵を前に「私の少年時代は、見渡す限り長い牧草に覆われていたのに」と口にします。

かつての平原の様子について語る遊牧民
出典: NHK World-Japan, “Shaping Sustainable Cashmere: Monglia”, June 2023 (05m:53s)

カシミヤのサプライチェーンによって、砂漠化という地球環境問題が引き起こされている一方、そのサプライチェーン自体も砂漠化の悪影響を受けていることが提起されています。砂漠化が進行する以前は牧草だけで十分な餌が得られたのに対し、現在は牧草に頼れず、給餌に多大なコストが発生してしまうという側面もあるようです。具体的には、穀物や藁などを給餌している光景が映し出されていました。もちろん、こうしたコストは遊牧民に重くのしかかってきます。

遊牧民の生計におけるコストとリスク

高級なカシミヤの糸や織地は、世界中で非常に高値で取引されています。その一方で、原毛の供給を支える遊牧民は、金銭的に十分な還元を受けているのでしょうか?

カシミヤ原毛の取引価格と遊牧民の経済的苦境

作品の中で、遊牧民が刈り取ったカシミヤの原毛を地元の協同組合に売り込むシーンがあります。この取材の時点では、原毛1 kgあたり40米ドルの値段が付けられていることが語られています。買い付けの際には、歩留り低下の原因となる刺毛 (ヘアー) の混入がないかの確認も欠かさないようです。

協同組合での原毛売買の様子
出典: NHK World-Japan, “Shaping Sustainable Cashmere: Monglia”, June 2023 (07m:03s)

冒頭で紹介した遊牧民も、30頭のカシミール山羊の原毛を協同組合に持ち込みます。その重量は10 kgと少々。420米ドルの値が提示されます。そして、この30頭分の原毛は、家族3人で1日掛かりで収穫した総量とのことです。モンゴルにおける賃金の相場など詳しい背景は不明ですが、高級で華々しいカシミヤのイメージとはかけ離れた世界を感じさせます。また、カシミヤの原毛を採取できるのは、1年の中で春の限られた時期であることも念頭に置く必要があります。

なお、彼の場合、420米ドルから餌代や借金の返済分が差し引かれ、手元に残るのは340米ドルとなりました。映像を通して、放牧民の生活の苦しさ・不安定さにもスポットライトが投じられています。遊牧という生活様式や砂漠化の兼ね合いもあり、規模を追いかけることは難しいでしょう。

NPO発のサステナビリティ向上に向けた仕掛け

そこで、労働生産性の向上を通じて遊牧民の生活・生計をサステナブルにするための取り組みの一例として、「Sustainable Fibre Alliance (SFA)」というNPOの活動が紹介されています。

https://sustainablefibre.org

その活動の中核として、遊牧民への技術指導や品質マネジメント認証など、原毛の付加価値を高める施策が講じられているようです。

遊牧民に技術指導を行うNPO職員。出典: NHK World-Japan, "Shaping Sustainable Cashmere: Monglia", June 2023 (24m:34s)
遊牧民に技術指導を行うNPO職員
出典: NHK World-Japan, “Shaping Sustainable Cashmere: Monglia”, June 2023 (24m:34s)

また、遊牧による砂漠化の影響を抑えるための土地の計画利用も推進しています。

NPO職員と共に放牧地管理を行う遊牧民
出典: NHK World-Japan, “Shaping Sustainable Cashmere: Monglia”, June 2023 (20m:15s)

このNPOは、ファッションブランドやカシミヤのテキスタイルメーカーなどからのスポンサーシップを原資としているようですが、「Colombo (コロンボ)」「Johnstons of Elgin (ジョンストンズオブエルガン)」「Joshua Ellis (ジョシュアエリス)」「Piacenza (ピアツェンツァ)」など、ジャケットやコート用のカシミヤ生地で有名なメーカーの名前も多く見受けます。例えば、Joshua Ellisはサステナビリティに関する取り組みの一環として、SFAに協賛していることについて下のように紹介しています。

Joshua Ellis and the SFA – Creating beautiful products in the most sus
As a manufacturer of fine cashmere fabrics and accessories, the importance of sustainability within our industry is at t...

モンゴルの国としてのビジネス開発と外貨獲得

モンゴルは世界有数のカシミヤ原毛の生産国ですが、国全体としてカシミヤのサプライチェーンから収益を上げることができているのでしょうか?このドキュメンタリーは、モンゴルは他国に比べて産業化が遅れたために、収益の機会を中国をはじめとした他国に奪われていることに着眼しています。

モンゴルは、1992年に社会主義から民主主義へ移行しました。それ以前は他の東側諸国の例に漏れず、労働生産性の低さに甘んじていたようです。加えて、民主化以降も産業化や海外資本による投資が進んでおらず、モンゴルには原毛の洗浄や整毛 (刺毛を除去して産毛だけを選別すること) ができる工場は多くあるものの、紡績工場が限られていることが語られています。そうした中、紡績から最終製品の加工まで対応できるメーカーの一社が取り上げられていましたが、恐らくまだ道半ばという状態なのでしょう。専門家であるモンゴルの大学教授は、モンゴルで生産されるカシミヤ原毛の80%以上を国内で最終製品に加工することで、収益性を高めていくことを提言しています。

モンゴル国内でのカシミヤ原毛のサプライチェーン強化を提唱する専門家
出典: NHK World-Japan, “Shaping Sustainable Cashmere: Monglia”, June 2023 (20m:15s)

こうした動向を調べていたところ、モンゴルの国営通信社による興味深い記事を見つけました。

According to the Government’s adjustment that requires hair content in goat cashmere which is crossed the border for export and import must not exceed 0.3%, only dehaired cashmere is allowed to export. As a result of that, the export volume increased and Mongolian companies started to cooperate with global TOP brands. For instance, 90% of dehaired cashmere is exported to Italy and about 20 Mongolian enterprises launched cooperation with TOP brands, such as “Loro Piana”, “Falconeri”, “Chanel”, and “Schneider”.

(拙訳) 国境を越えて輸出入されるカシミヤにおける刺毛の含有率は0.3%を超えてはならないという政府の調整により、事実上、刺毛が除去されたカシミヤしか輸出できなくなっている。その結果、輸出量は増加し、モンゴル企業は世界のトップブランドと提携するようになった。例えば、刺毛が除去されたカシミヤの90%がイタリアに輸出されているほか、約20社のモンゴル企業が「Loro Piana」「Falconeri」「Chanel」「Schneider」などのトップブランドとの提携を開始した。

出典: Mongolian Companies Supply Cashmere to Chanel and Schneiders
https://montsame.mn/en/read/311157

ドキュメンタリー中でも解説されたとおり、原毛の洗浄や整毛といった下処理工程はモンゴル国内でカバー可能となっているようです。こうしたことを踏まえ、付加価値の低い原毛状態の輸出を制限し、下処理によって付加価値が高められた製品をモンゴル国内で製造し輸出するための政策が取られているのでしょう。

最後に

モンゴルにおけるカシミヤ生産を取り巻くサステナビリティの課題と、その解決に向けたアプローチを紐解く良質なコンテンツを紹介させていただきました。こちらの映像ですが、音声・字幕とも英語のみではあるものの会員登録不要で視聴できるので、ぜひご覧になってみてください。
※公開期間は2024年6月9日までとなっているようです。

なお、NHK BS1でも、恐らく日本語化されたものが放送されたようですが、こちらはNHKオンデマンドなどでの視聴はできないようです。

持続可能なカシミヤ・ビジネス 〜モンゴル〜 - Asia Insight
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また、この映像作品にインスパイアされ、カシミヤの原毛が衣類などの最終製品となるまでにどのように付加価値が生まれているのかを、手持ちの衣類を例に考えてみました。大変浅い考察でお恥ずかしい限りですが、下の記事で紹介しています。

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