フランスの名門生地マーチャント〈Dormeuil (ドーメル)〉による〈15.7 (フィフティーンポイントセブン・15 Point 7)〉シリーズ。
スーパー160’sと極細の原毛を特徴とするこの生地シリーズ。私は、これらの中から数点をピックアップして洋服を仕立てており、前々回の記事ではそんなファインヤーンを4プライにして織られたツイル (本当に綾織なのかは自信なし……) の〈15.7 4 Ply (15.7 4プライ)〉で仕立てたブレザージャケットを紹介しました。
そして、今回は同じ生地シリーズから、さらに撚糸を重ねた〈15.7 8 Ply (15.7 8プライ)〉で仕立てたトラウザーズを取り上げたいと思います。
今更説明するまでもないですが、8プライというのは毛を紡いでできた原糸を8本撚り合わせてできた撚糸を意味します。ニットはともかくとして、スーツやジャケット、コート向けの布帛の糸として一般的に耳にするのは高々4プライ程度。数年前に、イタリアの〈Vitale Barberis Canonico (ヴィターレバルべリスカノニコ)〉が直径21 μmと繊度が低めの毛を6プライにして打ち出したトロピカルの生地が話題になりましたが、その上を行く (?) 8プライとなります。そんな酔狂な生地で仕立てたトラウザーズを紹介していきます。
注文のきっかけ
こちらのトラウザーズの製作を注文したのは、前回紹介したブレザージャケットを注文して少し経った頃でした。
ブレザージャケットのオーダーの際には素通りしていたのですが、前回の記事でも触れた〈15.7 4 Ply Tonik (15.7 4プライトニック)〉〈15.7 4 Ply Brio (15.7 4プライブリオ)〉といった生地が気になっていました。そこで、今一度仕立て屋に赴いて〈Masterpiece (マスターピース)〉のバンチブックを眺めていたのですが、この2つを差し置いて心惹かれたのがこの15.7 8 Plyでした。
当初探していたのは、7月中旬から9月中旬のような酷暑の時期を除いて使える春夏物の生地。記憶が少し定かでありませんが、例えば上で挙げた15.7 4 Ply Brioは目付が240 g/m前後となっていました。それとは対照的に、この15.7 8 Plyは340 g/mと少し重めの目付なのです。
15.7 8 Plyについて
引き続き、この生地について掘り下げていきたいと思います。
生地の風合い
太番手の撚糸による平織りで、フレスコをはじめとした他のハイツイストトロピカルよろしく孔のある織上がりです。スーパー160’sと繊度の高い原毛が使われてはいるものの、あくまでトロピカルなのでということか、光沢感はなくマットなテクスチャ。
スーパー160’sで8プライの糸の番手とは?
ところで、前々回の記事にて15.7 4 Plyを紹介した際に、ファッション誌〈The Rake (ザレイク)〉のオンライン記事からテキスタイルの紹介文を引用しましたが、今回も同様に。
今、そのドーメルでビスポーク好きのハートを鷲摑みにしているのが、三越伊勢丹が別注をかけている「15.7」(スーパー160sに相当する15.7マイクロンの原毛を使用しているからフィフティーン ポイントセブン)。
「15.7」自体は2プライのものが通常のコレクションにラインナップされているが、三越伊勢丹の別注による15.7は、まず60番手の双糸どうしを撚り合わせて4プライにし、さらにその糸どうしを撚り合わせて、あえて強撚の15番という太番手の8プライにして織り上げたもの。
出典: https://therakejapan.com/issue_contents/dormeuil-15-7/
さて、上の説明には、この生地の糸は15番手だとあります。15番手というと紡毛のツイードレベルかと思うのですが、さすがにそこまで太い糸ではないような……。下の写真は生地を3 x 2 cmにクロースアップしたものですが、ざっと25-30番手程度ではないかと見受けます。
根拠が何だったのか失念してしまったのですが、スーパー160’sのウーステッドを双糸にすると、大体100番手前後になると聞いたような記憶があります。調べてみて実際に見つかった例は、下の〈Holland & Sherry (ホーランド&シェリー)〉のInstagram投稿にある、スーパー160’sの双糸で120番手 (120/2) というものです。投稿が2つに分かれていますが、同じ〈HS 1738〉というコレクションに関する記述であることがわかります。
冒頭でも言及しましたが、8本もの原糸を撚り合わせて織り上げるというのは非常にユニークに感じます。他にも似たような例があるのだろうかと調べてみたところ、イタリアの名門〈Kiton (キートン)〉がカシミヤ100%の8プライを独自に企画した例があるようです。ただし、布帛なのかニットなのかは不明。わざわざ大層に取り上げるくらいなので、きっとウーステッドカシミヤを8プライにして織ったのだろうと期待します。しかし、掲載されている写真を見ると、不鮮明ながらニットっぽく見えるような……。
仕上がったトラウザーズ
そんな15.7 8 Plyを使ったトラウザーズですが、ちょうどこれから活躍しそうな10月初旬に仕立て上がりました。
仕様やシルエットについては特にこだわった部分はないので、引き続き生地に着目して所感を書いてみたいと思います。
履き心地
特筆すべきは、やはりその柔らかい肌あたり。これは、前回紹介した15.7 4 Plyのジャケットと同様であり、やはり仮縫いの際に「これはいい生地だな」と実感したものです。
多子糸のトロピカル生地といえば、強撚でしっかりと打ち込まれており、結果としてシャリ感がある、または良くも悪くもゴワっとした風合いに仕上がっていることが多いかと思います。これは、夏場において生地が肌に貼り付く感触を軽減してくれるものであり、方々で持て囃される「仕立て映え」を生み出すハリ感につながるものでもあります。一方で、「ゴワっとした」と評したように、それは必ずしも肌に触れたときにポジティブなフィーリングをもたらしてくれるものではないかもしれません。
一方、15.7 8 Plyのトラウザーズは、上記のようなハイツイストのトロピカルとは打って変わって、柔らかさ・しなやかさを全面に感じます。まったく性格の異なるテキスタイルですが、個人的にはウーステッドフランネルを彷彿とさせるような履き心地に感じました。ただの当てずっぽうですが、これは打込みをあえて加減したためなのかなと想像します。もしくは、順撚り・逆撚りの違いなどでしょうか。
私はベルトで留める仕様としましたが、生地の重さを活かしてブレイシーズで吊るととても綺麗に履けそうです。一方、そのソフトさが仇となり、膝抜けしないかなというのが少し心配なところでもあります。
目付こそ340 g/mと重さを感じますが、織目の孔のおかげか風通しは良好です。今年の10月初旬は異例の暑さでしたが、そうした中でもそこまで不快感はありませんでした。しかし、上で挙げた15.7 4 Ply Brioと比べると、暑い気候への適応力は低いのだろうと思います。
耐シワ性とメンテナンス性
この生地を作成するまでに2, 3度このトラウザーズを履いて過ごしました。ある時は職場に出向いてデスクワークしたり、またある時は1日歩きづくめだったり、はたまた別の時は終日長距離を運転したりといった状況下でのことです。
いずれのケースも、膝裏などにシワがほとんど入りませんでした。8プライにしたことで、糸の形状復元力が飛躍的に高まっているのでしょうか……? ハイツイストの生地は、1日着用した後に吊るしておけばシワが消えている、などといった謳い文句を聞きますが、そもそもシワが入らないというのは非常に優秀です。
一方、目付や打込み具合に起因してということになるのだと思うのですが、吊るしっ放しにしておくと生地が伸びてしまい、意図せず股下が長くなってしまいそうな悪い予感もします。今は膝の辺りで2つに折ってハンガーに掛けていますが、平置きで保管した方がいいのかもしれません。
最後に
前々回の投稿に続いて、Dormeuilによるスペシャルな生地で仕立てたトラウザーズを紹介しました。
私の注文服パイプラインには、もう一着だけ15.7シリーズの洋服が完成を控えています。こちらの仕上がりは来年の見通しですが、仮縫いの際に「これもとてもいい生地だな」と感銘を受けました。15.7シリーズの最後の一着 (になるかはまだわかりませんが……) も、納品され次第お披露目したいと思います。
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