日本に住んでいてよかった、と思うこと。
失われた30年に象徴されるように経済面では冴えない日本ですが、食の多彩さ、そして高品質な手製靴の入手性。この2つのありがたみを噛み締めながら、先行きの明るくない東京での生活を送っています。後者に関しては、直近1ヶ月で2足のビスポーク靴の引き取りを済ませ、次の構想を練っている最中です。
一方で、過去に紹介した、中国・雲南省の〈Yearn Shoemaker (ヤーンシューメーカー)〉やシンガポールの〈Yeossal (ヨーサル)〉なども含め、日本以外のアジアの靴作りのプレゼンスも高まりを見せています。
そうした中、Instagramでたまたま〈Winson Shoemaker (ウィンソンシューメーカー)〉による下の靴の作例を目にします。
アッパーはかの〈John Lobb (ジョンロブ)〉の2009年のイヤーモデルに代表されるような、スパイラルカット構造になっています。「アップルピール」と呼ばれることもありますね。グラデーションのかかったパティーヌ、そして恐らく手仕事によるものと思われる底付けのディテール。靴全体としての高い完成度に高い魅力を感じ、同じ仕様でMade-to-order (MTO) を注文することにしました。
そこで今回は、Winson Shoemakerによる靴作りの概要を紹介したいと思います。記事中で掲載する画像は、Winson Shoemakerの許可を得てInstagramの投稿写真を転載したものです。
Winson Shoemakerとは
Winson Shoemakerは、インドネシア・バンドンを拠点とする靴工房が手掛けるブランドのようです。
インドネシア・バンドンに居を構えるシューメーカー
インドネシア発の靴作りといえば、低価格での手縫いの底付けを謳う〈Jalan Sriwijaya (ジャランスリワヤ)〉が有名どころですが、Jalan Sriwijayaもバンドンに工場を構えているようです。調べてみたところ、バンドンは歴史的に製靴が盛んな土地のようです。
靴製作・販売の体制
Winson Shoemakerは、創業者・代表のEmilさんを筆頭に数人の靴職人が手製の靴作りを行なっており、釣込みや掬い縫いだけでなく出し縫いも含めて手仕事で行われています。Handlasted, handwelted and handstitched、ということになりますね。Emilさんが靴作りを志された背景や工房創立の経緯など、大変仔細に掘り下げられた対談が下のブログ記事に掲載されています。
なお、Winson ShoemakerはWebページを持っておらず、注文はメールでのやり取りを通じてのみ。昨今では珍しい営業形態です。話によると、これはEmilさんのこだわりなのだとか。
styleforumには、2019年に建てられた専用スレッドがあるようです。私は、つい最近Instagramを通じて初めて知ることとなりましたが、界隈では知られた存在であったのかもしれません。
姉妹ブランド – Midas Bootmaker
なお、同じ工房にて、ワークブーツを主体としたブランド〈Midas Bootmaker〉も手掛けているとのこと。下のホースバットのブーツが素敵だと感じます。
連絡してみた
Instagramのプロフィールにあったメールアドレスに、連絡を図ってみました。
ところで、インドネシアは世界最大のムスリム人口を抱える国として知られています。私が連絡を取ったのはちょうどラマダンの最中。ラマダン期間中はビジネスも時短営業になることが多く、Winson Shoemakerもその例に漏れない状況であったようです。さらに、ラマダンに続いてイード・アル=アドハーのお休みに入ったようで、やり取りには少し時間と根気を要しました。
まずは価格と納期を尋ねてみたところ、2023年4月時点で靴の製作費用 (シューツリー含) は800米ドルからで、日本までの送料は50米ドルとのこと。納期は6ヶ月とのことでした。
MTO靴の仕様について
ドレスシューズの場合、ベヴェルドウェストが標準仕様となっているようです。
ブラインドウェルト
詳しく尋ねたわけではなくInstagramの投稿を見ての判断ですが、ベヴェルドウェストの場合、ウェスト部のウェルトをアウトソールの薄皮でくるむ仕様になっているように見受けます。
〈シロエノヨウスイ〉の中の人によると、これは日本の手製靴に多いディテールなのだとか。下の記事中の図も併せて参照すると、この構造に関する理解が深まります。
ところで、このようにアウトソールをウェルトに巻き上げる構造はどのように呼称されているのでしょうか?色々調べたうえで、下のWebページを参考にして、当Webサイトでは「ブラインドウェルト (Blind welt)」と呼ぶこととします。ウェルトがアウトソールに巻かれて表から見えなくなる (ブラインド) ということでMake senseです。
なお、ここでいうブラインドウェルトとはまったく別の技法で、ウェルトに切れ込みを入れてから出し縫いを行い、縫い上がったうえで伏せることでウェルト上のステッチを隠すような技法もあるようです。私はこの技法が施された実物の靴を見たことはないのですが、アウトソールのヒドゥンチャネルと同じ要領の加工をウェルト上に施すようなものでしょうか。こちらは、「ブラインドステッチ (Blind stitchingまたはBlind outsole stitching)」と呼ばれていることが多いように見受けます。
ラスト (木型) のバリエーション
ラストは〈Kirin〉〈Qilin〉〈Aurora〉の3種類。パッと身の印象としては、Kirinラストはアーモンドトゥ、Qilinラスト・Auroraラストはチゼルトゥで、後者の方がノーズが長めといった感じでしょうか。下のInstagramポストによると、Auroraラストはアジア人に多いハイアーチ・甲高の足に合わせて設計されたものとのことです。
クラシカルな靴作りへのこだわり
メールでやり取りをしていると、クラシカルなもの作りにこだわりを持っていることを感じさせられます。その表れとして、先芯・月型芯は標準でオークバークを切り出して使っているとのこと。下の記事でも言及しましたが、私は非常に好きな仕様です。
最後に
今回は、靴の仕様を中心にWinson Shoemakerの靴作りを紹介しました。下の記事にて、注文を完了するまでの流れに触れています。
実は、今回のWinson Shoemakerへの注文よりもはるか以前に、別の東南アジアの靴職人に靴作成を注文した案件があります。しかし、こちらは進行が上手くいかず難儀しています。この件も記事化できる日は来るのだろうか……。
Winson Shoemaker以外にも、冒頭で言及したYearn ShoemakerやYeossalなどに靴を注文したエピソードを公開しています。ご関心があれば、下のリンクから併せてご覧ください。
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