ドレスシューズの「芯材」について調べてみた

下の記事を作成する中で、ドレスシューズの芯材について気になり、Webでわかる範囲で調べてみました。

あくまで、いち素人が小一時間ネットサーフィンして聞き齧った程度の内容なので、眉唾で見ていただければと思います。

Image by Daniel Rodríguez Delgado from Pixabay

ドレスシューズの「芯材」とは?

一般に、ドレスシューズには爪先と踵に、その形状を維持し本来のデザイン・着用感・機能性を保つための芯地が取り付けられています。
靴のアッパー (表地) とライニング (裏地) の間に備え付けられるため、基本的に靴の外観から判別できるパーツではありません。
爪先のものは「先芯」や「トゥパフ」と呼ばれ、踵のものは「月型芯」や「カウンター」「ヒールカウンター」などと呼ばれるようです。
ここで着目したいのは、こうした芯材です。

そもそも、なぜ芯材について考えようと思ったのか

Yearn Shoemakerの副資材について窓口の方に色々と話を聞いている中で、Yearn Shoemakerの既成靴 (Ready-to-wear, RTW) は先芯に合成繊維の不織布を使用していることを知りました。
一方で、私はGuild of Crafts (ギルドオブクラフツ) の山口千尋さんが監修された手製靴の本「製靴書」や、ハンガリーの手製靴メーカー「VASS (ヴォーシュ)」のラズロ・ヴォーシュさんの「紳士靴のすべて (Handmade Shoes for Men)」を通じて、手製靴の製作プロセスに関するイメージを構築していました。

ヌメ革を使用した先芯
ヌメ革を使用した月型芯
ラズロ・ヴァーシュ 他 著、「紳士靴のすべて」、グラフィック社、2018年、ページ136-139

これらの書籍を通じて、手製靴や高級靴の場合、当たり前のようにヌメ革の、それも銀付きの革を削って作る芯が使われているのだと思い込んでいたのですが、どうやらそうではないことがわかりました。

以降では、銀付きのヌメ革から作る伝統的な芯地ではないものを、簡単のため「ケミカルな芯地」と呼ぶこととします。

ケミカルな芯地のサンプル

なお、革の芯地・ケミカルな芯地の良し悪しを議論することはこの記事の主旨ではありません。

先人による偉大な資料

ドレスシューズの芯地については、私などが書き記すまでもなくShoegazingさんやThe Shoe Snobさんが仔細に纏めてくれています。

History - Toe stiffeners - Shoegazing.com
One thing that more or less all types of classic or traditionally constructed shoes have in common is the use of toe sti...

Today’s bespoke shoes and similar have the stiffeners made out from veg tanned thick leather pieces and attached between the leather layers and hardened using paste, very much exactly the way it was done 100-150 years ago. For mass produced shoes, during the 1900s one went away from leather toe stiffeners to the much quicker and cheaper celastic ones (plastic impregnated fabric), and they are what’s used also on premium Goodyear welted factory-made shoes. Even if the heel stiffener is made of real leather on those, toes are plastic, the practical advantages of leather vs celastic toe puffs aren’t considered worth the higher material and especially production costs.

(拙訳 – 今日のビスポークの靴では、スティフナー (芯地のこと) はベジタブルタンニンなめしの厚手の革でできており、これを革の層の間に貼り付けて接着剤で固めている。この手法は、100-150年前の製法と全く同じものである。一方、量産靴においては、1900年代に革製の先芯から、より迅速に仕上げが可能でかつ安価なセラスティック (プラスチック含浸布)製のものに置き換わった。今日では、高級なグッドイヤーウェルト製靴の量産靴においても同様である。たとえ月型芯が本革であっても、先芯はプラスチック製であることも多い。セラスティックと比較して本革のスティフナーが持つ実用上のメリットは、本革の高い材料費、そして本革のスティフナーを用いた場合の生産コストに見合うものとはいえない。)

History – Toe stiffeners – Shoegazing
https://shoegazing.com/2020/08/14/history-toe-stiffeners/
https://theshoesnobblog.com/things-that-truly-dont-matter-in-shoes-dont-believe-the-hype-part-1-heel-stiffeners/

ここで登場するセラスティック (Celastic) はケミカルな芯地の一例で、特定のメーカーの登録商標のようです。さも一般名詞のように使われていますが、厳密には特定の製品を指す名称のはずです。

Celastic, toe box, toe puff, puppet making, mascot making, float making, custom boot, custom shoe, material
CelasticWorld.com has what your looking for, Celastic. It's the miracle material used in several industries, including; ...

また、上で挙げた記事において、現在では量産靴の世界ではたとえ高級なものであってもケミカルな芯地が使われていることが示唆されています。
その一例が、英Edward Green (エドワードグリーン) のYouTube動画から垣間見えました。

上の動画の1:16近辺で、画面の右下に映っている白い半月状のものが、ケミカルな先芯なのではないかと推測されます (あくまで「推測」です)。

ホットメルトと思しき先芯が映っているカット
スクリーンショット出典: https://www.youtube.com/watch?v=bkTOyUVFRlk

Edward Greenのような高級靴メーカーもケミカルな芯地を使っているのか?ということについては、下のRedditのスレッドでも議論が交わされていました。
「1,600米ドルもする靴なのに、セラスティックの芯地が使われているの?」というスレ主の感覚は私の当初のそれに程近いものです。

また、下の記事ではJohn Lobb Paris (ジョンロブパリ) のローファーを分解してみたところ、芯地を含む副資材のグレードが思ったほど高くなかった、といった結論がもたらされています。
ただし、実際に靴を分解し解説しているSven Raphael Schneiderさんの専門性がどの程度なのかわからないので、信憑性は定かではありません。
(靴職人や修理職人ではなく、ただのエンスーの方のように見えます)
また、クラシックラインやプレステージラインなど、製品ラインによっても差異があるかもしれません。

Cutting It Apart: John Lobb Shoes (RTW Vs. Bespoke) | Gentleman's Gazette
What's inside John Lobb shoes that makes them so popular and expensive? Let's cut apart a ready-to-wear pair and a bespo...

Conclusion on John Lobb Paris Ready-to-Wear Shoe
Sven Raphael Schneider: Outer layers seem to be a quality, you know, calf leather. Interior, surprisingly, we have the shank. Metal reinforced some kind of artificial material shank.
And then, these kinds of pressed leather products here surprised me. I would have expected maybe higher quality leathers throughout, maybe even for the heel cap, the toe cap. Considering the price, I’m a bit disappointed by that.

(拙訳 – John Lobb Parisのプレタポルテに関する結論
スヴェン・ラファエル・シュナイダー: 表地は上質なカーフレザーが使われているようです。内部構造は、意外にも金属で補強された何らかの人工素材のシャンクが使われていました。
そして、驚いたのは圧縮された革のような部材です。ヒールキャップやトゥキャップを含めて上質な革を使っているのかと思いきや、そうでもないようです。値段を考えると、ちょっと残念です。)

Cutting It Apart/ John Lobb Shoes (RTW Vs. Bespoke) | Gentleman’s Gazette
https://www.gentlemansgazette.com/cutting-apart-john-lobb-shoes/

ケミカルな芯地の種類

ケミカルな先芯については、下のブログ記事にて詳しく解説されています。

靴 作って、ぼやいてます 爪先の芯!

可塑性を利用して、柔らかい状態の芯を木型に合わせて整形し、それが固まることで芯として機能させているようです。
可塑性は、熱によるものと有機溶剤によるものがあるようです。
資材メーカー・代理店は、前者は「ホットメルトタイプ」、後者は「溶剤タイプ」と呼ぶケースが多いように見受けます。

あくまで私の想像の域を超えませんが、上のEdward Greenの動画のものではホットメルトタイプの先芯が使われているのではないかと見受けます。
先芯が収まっている装置はオーブンの類で、ラスティングマシンでアッパーを木型に釣り込む際に熱された先芯を取り出し、爪先に当てがえるようにされているのではないでしょうか。

有機溶剤を使用した先芯については、SANTARIのTateshoesさんが靴を製作される動画の中で使われる様子が映っていました。

ヒールカウンターについては、不織布を使ったもの以外にも「レザーボード」と呼ばれる類のものもあるようです。
上で参照したThe Shoe Snobさんの記事から引用します。

Leather Board – a leather composite pre-molded and cut to be in the shape of a heel stiffener. This is supposed to be the closest thing to leather and what most people that like to discuss shoes via the internet like to claim as the best and if a shoe does not have this then it is not top rated

(拙訳 – レザーボード – 革の集成材を型で整形したもので、踵の補強材として機能するようにカットされたもの。革の月型芯に最も近いものであり、インターネット上では多くの人がこのレザーボードのヒールカウンターが使用される靴こそが最上のものであり、それが使われていない靴はトップクラスには値しないと主張している)

Things that Truly Don’t Matter in Shoes – Don’t Believe the Hype. Part 1 – Heel Stiffeners – The Shoe Snob Blog
https://theshoesnobblog.com/things-that-truly-dont-matter-in-shoes-dont-believe-the-hype-part-1-heel-stiffeners/

銀付きのヌメ革から作る伝統的な芯地

銀付きヌメ革の芯地とケミカルな芯地との間で、素材に由来する機能性の差異がどの程度あるのかについては、私には想像がつきません。
ただし、裁ち漉きが自由に行えるという観点では、特にビスポーク靴においては銀付きヌメ革の芯地の利点が多分にあるものと想像されます。
木型の特徴やアッパーの意匠、着用者の歩行の癖などに応じて、芯の形状や厚み、硬さなどをある程度柔軟に調整できるという点において。

一方で、整形に手間と時間が掛かってしまうとともに、工程上の制限につながるものでもあります。
上の「紳士靴のすべて」の写真に見えるように、アッパーの釣込みの前に芯地を木型に釣り込んでクセ付けしておく必要があります。
芯地のクセ付け中は木型を別の用途に使えないので、アッパーのパターン取りや釣込みなどを順序立てて行う必要が生じます。

現在、YouTubeには多くのビスポーク靴職人の方が靴の製作動画を投稿されています。
芯地の加工・装着のプロセスに着目した場合、下のKhishさんの動画がわかりやすいのではないかと感じました。

なお、上で著書を引用したラズロ・ヴォーシュさんのVASSの既成靴は銀付きヌメ革の芯地を使っているのかどうか、大変気になるところです。
書籍でハイライトしている製靴プロセスはビスポーク靴のものとのことだったので、既成靴はどんなものだろう?と思った次第です。
私はVASSの既成靴はあまりファンではないのですが、もしこの価格帯で銀付きヌメ革の芯地を使っていれば、価格の割にとても手が混んでいると感じさせるところです。

最後に

上でも言及したとおり、この記事は革の芯地・ケミカルな芯地の良し悪しを問うものではありません。
釣込み・底付けを全て手で行うような靴や、世界に名だたる高級既成靴は伝統的な革の芯地が使われているものと思いきや、意外とそうでもないという気づきを契機に、Webの情報を少しまとめてみたという程度のものです。

とはいうものの、個人的な好みとしては伝統的な革の芯地に軍配が上がると思います。
そうした芯地を使った工程には強いクラフツマンシップを感じ取れるためです。
特に昨今のアスレジャーの隆盛に押される形で衰退の感が拭えないクラシックファッションと、それを支えるクラフツマンシップ。こうした時代だからこそ、予算の許す限り人の手の温もりが感じられるアイテムを試していきたいと感じます。

なお、かなり安価で手製靴の製作を請け負っていながら、先芯も月型芯も銀付きヌメ革で作っている海外の靴職人を見つけました。
ぜひ、一着注文をして、出来上がった靴が届いたらレビューしてみたいと思います。

コメント 本記事の内容について、ぜひ忌憚なきご意見をお寄せください。