昨年末に、共布のジャケット・トラウザーズのセットアップを仕立てていただきました。
エスコリアルウール (Escorial wool) で織られた、それも原毛に対して漂白・染色をせずに紡織された生地を活かした一着です。

今回は、納品に至るまでのエピソードを交え、こちらのセットアップを紹介していきたいと思います。
無染色のエスコリアルウールで織られたテキスタイル
過去に公開した注文服の記事に倣って、まずはテキスタイルに着目してみましょう。
予期せぬ出会い
そもそも、今回こちらのセットアップを仕立てたのは、別の洋服の中縫いフィッティングの際に、たまたま店先にあったこの着分生地を見せていただいたのがきっかけでした。当時、新たに服を仕立てる予定はなかったのですが、試しにその生地を肩に掛けてみたところ、その雰囲気に一瞬で魅了されてしまいました。また、以前もエスコリアルウールで洋服を仕立てたのですが、原毛のナチュラルストレッチ性による着心地の良さには特筆すべきものがあります。
これは素晴らしい服になりそうだな…… ということで、まったく計画外の買い物をしてしまった次第です。お店に在庫している着分生地での注文だったため、生地を取り寄せるよりもある程度安価に仕立てることができました。生地の特徴や出自は後述しますが、この手の生地は国内の生地問屋でも在庫を持っているケースは少なく、メーカーからの取り寄せになろうと想定されますので。

生地のキャラクター
まずは、生地のキャラクターを見てみます。
目付は320 g/mで、軽いミルドフィニッシュの綾織。秋冬向けですが、早秋から着られそうな生地感です。ウィンドウペーンの枡目は4 x 5 cmで、スーチングとして見ると標準的な大きさでしょうか。

Natural Storyコレクションから選んだ一着
今回選んだ生地は、英国の生地マーチャント〈Standeven (スタンドイーブン)〉によるエスコリアルウールの生地です。なかでも、エスコリアル羊から採取した原毛に対して漂白・染色を実施せず、原毛の色を生かした特別感たっぷりなコレクション〈Natural Story (ナチュラルストーリー)〉に収録されているテキスタイル。地の茶色、ウィンドウペーンのベージュの2色とも、エスコリアルウールの生成りの色が活かされているということになります。
生地の耳に織元が明示されていないので不明ですが、恐らく織ったのは英国の老舗ミル〈John Foster (ジョンフォスター)〉でしょうか。
カプセルコレクションのNatural Story
実のところ、注文の際にNatural Storyコレクションは既に廃盤になってしまっているという話を伺いました。しかしながら、2024年1月現在も、StandevenのWebサイトには同コレクションの情報は掲載されたままの状態です。
スクリーンショット出典: https://www.standevenfabrics.co.uk/bunches/natural-story/ (2024年1月取得) Natural StoryコレクションのWebページ
その後、本記事の作成に際して調査を進めていると、そもそもNatural Storyはカプセルコレクションであったことがわかりました。 すなわち、継続的に生産されるのではなく、一定期間、かつ小規模にしか織られなかったのでしょう。
仕上がった服のディテールをいくつか
着画に移る前に、仕立てた洋服の特徴をいくつかハイライトしたいと思います。

フロントダーツを廃した設計
直近で仕立てていただいたジャケットの多くもそうなのですが、フィレンツェ風のフロントダーツの無い作りとなっています。ウィンドウペーンなど大柄の生地の場合は、柄が真っ直ぐに入るので見栄えが少しよくなります。

今回はキュプラの裏地を
以前、ネイビーのブレザージャケットを誂えたことを紹介した記事の中で、キュプラの裏地の入手性が悪いことに言及しました。
その際はシルクの裏地を使っていただいたのですが、今回は〈旭化成〉の〈AK1600〉を探し出していただきました。しかし、依然その供給は安定的ではないようです。

ジャケット・トラウザーズをセットアップで着用
ここからは、着用イメージを数パターン紹介してみたいと思います。
今回のセットアップ、注文当初はジャケット・トラウザーズをバラして着るのがメインで、たまにセットアップでも着れるように…… といったイメージでした。しかし、完成してみると、スーツとして着るのも非常に魅力的だと実感しました。
ということで、冒頭に掲載した写真に続いて、まずはセットアップでの着用を。
タイドアップしてみる
タイドアップして着用してみました。

バーガンディーのベースに、ペイズリーとストライプの柄がジャカードで施された華やかなタイです。

このタイは、下の記事で詳しく取り上げています。
足元には、下の記事で紹介したネイビーブルのオックスフォードシューズを。
さらに、同系色のスカーフを巻いてみました。こちらのスカーフもエスコリアルウール100%で、イングランドの織元〈Joshua Ellis (ジョシュアエリス)〉によるものです。

スカーフは、下の記事で紹介しています。
ニットウェアでドレスダウン
冒頭の写真に加えて、ニットウェアでドレスダウンしたもの。テラコッタ色のカシミヤのタートルネックを挟んでみました。

インナーのニットウェアは、過去にほんの少しメンションしたものです。
ポケットチーフの選択を誤ってしまった気がしております。

足元はこちらです。
ジャケット・トラウザーズを単品で着用
元々メインで想定していたのが、ジャケット・トラウザーズをそれぞれ単品で着用するユースケース。こうした用途に見合うよう、ジャケットの着丈はやや短めに仕上げていただいています。
ジャケット単品での活用
ジャケットと組み合わせてみたのは、少し明るめのネイビーブルーのトラウザーズ。ウール100%のデニムを使用したトラウザーズ、いわゆる「デニスラ」です。


トラウザーズも単品で
トラウザーズの方は、ニットのカーディガンと合わせてみました。

カシミヤのオフホワイトのカーディガンも、今回の主役のセットアップと同様に無染色の素材を活かしたもの。中に着たシャツも、生成り色のコットンフランネルを選択。コンセプト先行のコーディネート、と相成りました。
最後に
今回は、無染色のエスコリアルウールで仕立てたセットアップを紹介しました。

私にとって3着目のエスコリアルウール (1着目は既成服で、とうの昔に手放したもの) となりました。舶来の毛織物の価格がとめどなく上昇するなか、エスコリアルウールの生地の価格は群を抜いて高騰していると聞きます。いずれは高嶺の花となってしまい、今回のように手を出すことはできなくなってしまうでしょう。
この他にも、過去に誂えた注文服を中心に、私のドレスウェアに関するエピソードを紹介しています。よろしければ、下のリンクから併せてご覧ください。

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