以前、ドレスウェアにおける手縫いの閂 (かんぬき) 止めに関する記事を公開しました。
こちらの記事でも言及したとおり、ドレスシューズの閂止めについても一筆したためたい、ということで、今回はドレスシューズ編をお届けしたいと思います。
ただし、トピックはひとつに絞って進めます。それは、「閂止め」と「シャコ止め」について。
オックスフォードシューズの羽根の根元に注目する
下の写真において黄色の破線で囲った箇所のように、オックスフォード (内羽根) の靴の、羽根の根元に着目してみます。
この箇所の様子は、靴によって異なります。今回は、下の3つのケースを取り上げてみました。
ケース1: 編み込まれたようなステッチ
下の写真は、上の写真の靴に対して羽根の根元にクロースアップしたもの。編み込まれたようなステッチが施されています。
靴に顔を近づけてみないとわからない (そして、普通に靴を履いていて、羽根の根元に顔を近づけるようなイベントは皆無……) 意匠ですが、私は手仕事を感じさせる大事なディテールだと位置付けています。
オックスフォードシューズではありませんが、先日紹介したインドネシアの〈Winson Shoemaker (ウィンソンシューメーカー)〉の靴にも、同様のステッチが見受けられます。
ケース2: ただ糸を通しただけのステッチ
次に、これとは別のオックスフォードシューズを見てみます。
こちらは、以前紹介したシンガポールのブティック〈Yeossal (ヨーサル)〉のMade-to-order (MTO) の靴です。
先ほどとは、同じ箇所に施されるステッチの具合が異なることがわかります。
単に2つの穴に糸 (ミシンの糸よりは太いもの) を通しているだけなので、ケース1よりは簡素なステッチだと言えそうです。
ケース3: ステッチがないもの
上の2足とは異なり、そもそもこの位置にステッチがない靴も見受けられます。下のクォーターブローグは、ハンガリーの手製靴メーカー〈VASS (ヴォーシュ)〉のもの。
羽根の根元に近寄って見ると、先の2例のようなステッチはなく、補強用と思しき半円状の小さな革が縫い付けられているのみです。
閂止めとシャコ止め
さて、ここまで3足のオックスフォードシューズを見てきました。そのうち、ケース1・ケース2に施されているステッチが、閂止めと呼ばれているものとなります。
「シャコ止め」と呼ばれているものの多くはおかしい?
ここからが問題なのですが、このような閂止めと「シャコ止め」をまったく同義で扱っている例が散見されること。重箱の隅をつつくようですが、私は元来の言葉の意義に照らすとこれは恐らく誤りであり、真に「シャコ止め」と呼べるのは上のケース1のように編み込まれているものだけだ、と認識しています。
上でも少し触れたように、ケース1とケース2の閂止めを比較すると、前者の方が複雑な編み込みが要求されるはずです。ケース1のような閂止め、すなわちシャコ止めを施している様子を動画にしたものがあったので、下で引用させていただきます。
そもそも、シャコ止めということばの由来は、そのステッチの見た目が文字どおり海辺の生き物であるシャコに近いことだと聞きます。工程上の違い、および語源が見た目に寄り添ったものだと推察されることを踏まえると、ケース2のようなステッチまでシャコ止めと呼ぶことにはやや違和感を覚えます。
唐突にベン図が出てきますが (笑)、整理するとこのような位置付けになるのかと。すなわち、シャコ止めは、閂止めの中でも特別な技法で施されたものを指すものではないか、というのが私の見解です。
なぜ、何でもかんでも「シャコ止め」と呼ばれるのか?(妄想)
もしも私の見解が妥当なものだとすれば、なぜシャコ止め・閂止めが区別なく称されるようになったのでしょうか?もしかすると、下のような経緯があったりするのかもしれません (あくまで想像です)。
- 機械化・量産化が進む前のオックスフォードシューズはケース1のような閂止めが普遍的であった。閂止めはその見た目からシャコ止めと呼ばれていた
- 製靴の機械化・量産化が進み、生産性向上を推し進めるべくシャコ止めはケース2のような閂止めで簡略化されるようになった。もはやその見た目は語源のシャコから遠ざかったものであるが、それでもなお閂止めは慣習的にシャコ止めと呼ばれ続けるようになった
量産靴とシャコ止め
上でも何度か触れたとおり、ケース1のようなシャコ止めはケース2の閂止めよりも手間がかかってしまうもの。そうしたこともあってか、靴屋の店先に並ぶ既成靴にはあまり認めることのできない仕様です。〈John Lobb (ジョンロブ)〉や〈Edward Green (エドワードグリーン)〉〈Gaziano & Girling (ガジアーノガーリング)〉など、ハイエンドな既成靴を見ても、シャコ止めが施されているものは見かけません。
スコッチグレインのブログ記事にたずねる
そうしたなか、閂止め・シャコ止めについて調べるうちにたどり着いたのが、日本の量産靴メーカーの雄〈Scotch Grain (スコッチグレイン)〉によるブログ記事です。
特に示唆に富む部分を、下に引用させていただきました。
大まかな分類としては、36,000円以上の商品ですと“本シャコ止め”と呼ばれる絹糸を使い、12回ほど絡げて編み上げます。(写真のタイプです)
その編み上げた形が、海にいる蝦蛄(シャコ)に形が似ていることから、そのように言われています。確かに似ていると思いますが、毛虫のようにも見えます。通常(弊社基準)のシャコ止めより手間の時間ですが5倍ぐらいは掛かります。もうひとつの、通常のシャコ止めの上げ方ですが、やはり糸を横に3回ほど通してまとめる方法です。他にも、いくつかの方法があり、小さな半円の革をつけたり、ただ横に一の字に糸止めしていたりします。
出典: https://sgrain.exblog.jp/237115881/
このように、スコッチグレインでは本記事でいうところのケース1の閂止めを「本シャコ止め」とし、ケース2を「通常のシャコ止め」としているようです。驚くべきは、36,000円以上の靴 (恐らく記事が公開された2017年当時の基準) に対しては、上で挙げたようなハイエンドメーカーでも採用されていない「本シャコ止め」を実施しているという点です。一方で、工数の差は5倍程度、というのも意外です。本シャコ止めの場合はもっと時間が掛かるのかと想定していました。
確かに、スコッチグレインの靴のラインナップを眺めていると、甲にシャコ止めが施されたものを多く目にすることができます。実際に、東京・有楽町の同ブランド直営店に足を運んでみたところ、ごく一部ですがシャコ止めが施された靴を目にすることができました。
Carminaのシャコ止め
私が知る中では、シャコ止めが見られる量産靴がもうひとつあります。
スペインの靴メーカー〈Carmina (カルミーナ)〉の靴には、下の例のようにシャコ止めがなされているものがあります。Carminaのオックスフォードは例外なくシャコ止めがあるのかなど、詳細は存じ上げませんが、過去に私の手元にあった靴にはシャコ止めがありました。
最後に
かなりニッチなテーマとなりましたが、今回はオックスフォードシューズの閂止めについて議論してみました。
最後に挙げた量産靴とは対照的に、製甲も一足一足時間をかけて行えるハンドメイドの靴の場合、シャコ留めは広く適用されている技法のようです。それを示すとても良い資料のひとつが、〈World Championships in Shoemaking〉のアーカイブ。下にリンクを貼った2018年、および2019年、2023年の大会はテーマがオックスフォードなので、閂止めの様子を見ることができます。
本記事の他にも、ドレスシューズのディテールや工程に踏み込んだものとして、先芯 (トゥパフ) や月型芯 (ヒールカウンター) に関する記事を公開しています。
また、国内の靴職人の方によるビスポークの靴や、海外の手製靴メーカーに注文した既成靴・MTO靴に関する記事も公開しています。ご関心があれば、下のリンクから併せてご覧ください。
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