今年の初頭に、ある靴職人の方に製作を依頼したオックスフォードのドレスシューズが届きました。
オーステリティブローグ (Austerity brogue) と呼ばれる、フルブローグからブローギングやメダリオンを廃した意匠をベースとし、ヴァンプ (爪先革) をヒールまで伸ばしたロングヴァンプのオックスフォードです。

木型・パターンから起こしていただくということもあり、せっかくならと少し特殊で贅沢な仕様を盛り込んでいただくことにしました。
それが、シームレスホールカットの製法です。
シームレスホールカットとは?
ドレスシューズの文脈では、ホールカットはアッパーが1枚の革で作られた靴を表すことばです。

平面の革を木型に沿った立体の靴にするために、一般的には踵の部分で革が縫い合わされるようなパターンとなっています。

一方、シームレスホールカットは、こうした縫合せを排し、アッパーに一切継ぎ目がない構造で作られています。
私の認識だと、有名どころはフランスのベルルッティ (Berluti) やオーストリアのサンクリスピン (Saint Crispin’s) かといったところですが、実際には色々な量産メーカーや手製靴の工房で手がけられているようです。
特に、ベルルッティではシームレスホールカットのことを「ゼロカット (Zero cut)」と呼称しています。
ベルルッティの職人の方がシームレスホールカット、もといゼロカットの靴を製作する動画があるのですが、こちらを見るとシームレスホールカットがどのように実現されているのかがよくわかります。
このように丸く切り出した革を……

木型に当てがい……

水をかけながら釣り込むと……

靴の形になっていきます。

平面の革を木型の形に釣り込む工程には、高い技術が要求されます。
革を湿らせながら慎重に成型していることが、動画からも伝わってきます。
今回製作いただいたドレスシューズ
翻って、今回取り上げる私の靴。
踵まで伸びたヴァンプに着目すると、一切継ぎ目のないシームレス仕様となっています。
(下の写真で色が載っている部分がヴァンプ)

差し詰め、シームレスロングヴァンプとでもいったところでしょうか。



ヴァンプをこのように成型するとなると、上のベルルッティのシームレスホールカットのように革を釣り込んだ後、ヴァンプの形に切り出してクォーター (腰革) やトゥキャップを縫う必要があります。
自分で作ったわけではないので勝手なことは言えませんが、恐らく製作の複雑さ・難易度はシームレスホールカットよりも高いのではないかと想像します。
とはいうものの、複雑な製甲の見返りに得られるものは所有者の自己満足だけかもしれません。
特にロングヴァンプの場合、ヴァンプの縫合せを踵の中心ではなく、比較的外から目に付きにくい土踏まず側にずらすことでシームレスヒールとすることができます。
私がこの靴のヴァンプをシームレスにして製作いただいたのは、手仕事でしかなし得ない風格を体験して見たかったことが大きな理由かなと考えています。
最後に
今回は、特殊な技巧で作られた私の注文靴を紹介させていただきました。

この靴は納品いただいて数ヶ月が経つのですが、今回取り上げたシームレスの意匠の美しさもあり、履き下ろしが勿体なく感じていました。
つい最近まではデスク上のオブジェとして、リモートワークに潤いを与えてくれるアイテムとなっていたのですが、つい最近ようやく履き下ろすことができたので、今回の記事でハイライトしてみることにしました。
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