シームレスホールカット製法で作られたオックスフォードシューズ

今年の初頭に、ある靴職人の方に製作を依頼したオックスフォードのドレスシューズが届きました。オーステリティブローグ (Austerity brogue) と呼ばれる、フルブローグからブローギングやメダリオンを廃した意匠をベースとし、ヴァンプ (爪先革) をヒールまで伸ばしたロングヴァンプのオックスフォードです。

ダークバーガンディーのオックスフォードシューズ。オステリティブローグやロングヴァンプ、シームレス構造を特徴としている
今回の主役であるオックスフォードシューズ。オステリティブローグやロングヴァンプ、シームレス構造を特徴としている

木型・パターンを含めゼロからデザインを起こしていただくということもあり、せっかくならと少し特殊で贅沢な仕様を盛り込んでいただくことにしました。それが、シームレスホールカットの製法です。

シームレスホールカットとは?

ドレスシューズの文脈では、ホールカットはアッパーが1枚の革で作られた靴を表すことばです。

黒のスムースレザーで作られたホールカットのドレスシューズ
ホールカットのドレスシューズの一例

平面の革を木型に沿った立体の靴にするために、一般的には踵の部分で革が縫い合わされるようなパターンとなっています。

ホールカットのドレスシューズの踵の部分。革が縫い合わされている
ホールカットのドレスシューズの踵の部分。革が縫い合わされている

一方、シームレスホールカットは、こうした縫合せを排し、アッパーに一切継ぎ目がない構造で作られています。私の認識だと、有名どころはフランスのベルルッティ (Berluti) やオーストリアのサンクリスピン (Saint Crispin’s) かといったところですが、実際には色々な量産メーカーや手製靴の工房で手がけられているようです。特に、ベルルッティではシームレスホールカットのことを「ゼロカット (Zero cut)」と呼称しています。

Zero Cut | Berluti
Berluti
The "real" Seamless in Burgundy calf leather, no seams at all on upper
The Seamless is one of our most unique shoe choices for the discerning gentleman.Crafted from one single piece of leathe...

ベルルッティの職人の方がシームレスホールカット、もといゼロカットの靴を製作する動画があるのですが、こちらを見るとシームレスホールカットがどのように実現されているのかがよくわかります。

Berluti – Zero Cut by Pierre Aragou, https://vimeo.com/292962011

このように丸く切り出した革を……

Berlutiによるゼロカットの靴の製作動画から切り取ったワンシーン
出典: https://vimeo.com/292962011 (00:34)

木型に当てがい……

Berlutiによるゼロカットの靴の製作動画から切り取ったワンシーン
出典: https://vimeo.com/292962011 (00:35)

水をかけながら釣り込むと……

Berlutiによるゼロカットの靴の製作動画から切り取ったワンシーン
出典: https://vimeo.com/292962011 (00:49)

靴の形になっていきます。

Berlutiによるゼロカットの靴の製作動画から切り取ったワンシーン
出典: https://vimeo.com/292962011 (01:05)

平面の革を木型の形に釣り込む工程には、高い技術が要求されます。革を湿らせながら慎重に成型していることが、動画からも伝わってきます。

今回製作いただいたドレスシューズ

翻って、今回取り上げる私の靴。踵まで伸びたヴァンプに着目すると、一切継ぎ目のないシームレス仕様となっています。
(下の写真で色が載っている部分がヴァンプ)

シームレス構造のロングヴァンプの靴。ヴァンプのパーツをハイライトした写真
シームレス構造となったヴァンプのパーツをハイライトした写真

差し詰め、シームレスロングヴァンプとでもいったところでしょうか。

シームレスロングヴァンプの靴のヴァンプを異なる角度から
シームレスロングヴァンプの靴のヴァンプを異なる角度から (1)
シームレスロングヴァンプの靴のヴァンプを異なる角度から
シームレスロングヴァンプの靴のヴァンプを異なる角度から (2)
シームレスロングヴァンプの靴のヴァンプを異なる角度から
シームレスロングヴァンプの靴のヴァンプを異なる角度から (3)

ヴァンプをこのように成型するとなると、上のベルルッティのシームレスホールカットのように革を釣り込んだ後、ヴァンプの形に切り出してクォーター (腰革) やトゥキャップを縫う必要があります。自分で作ったわけではないので勝手なことは言えませんが、恐らく製作の複雑さ・難易度はシームレスホールカットよりも高いのではないかと想像します。

とはいうものの、複雑な製甲の見返りに得られるものは所有者の自己満足だけかもしれません。特にロングヴァンプの場合、ヴァンプの縫合せを踵の中心ではなく、比較的外から目に付きにくい土踏まず側にずらすことでシームレスヒールとすることができます。

一般的なロングヴァンプのオックスフォードシューズの例。土踏まず側にオフセットしたヴァンプの縫合せ
土踏まず側にオフセットしたヴァンプの縫合せ
縫合せのオフセットでシームレスとなった踵
縫合せのオフセットでシームレスとなった踵

私がこの靴のヴァンプをシームレスにして製作いただいたのは、手仕事でしかなし得ない風格を体験して見たかったことが大きな理由かなと考えています。

なお、こうした釣り込みができるよう、アッパーの革はかなり柔らかいものが使用されています。先行して紹介したエプロンフロントダービーの場合、スキンステッチを施すために固めの革が選ばれたことを引き合いに出すと、両者は極めて対照的です。

3パターンのコーディネート

2023年8月にこの記事を公開した後、着画が得られたので追記の形で掲載することにしました。

合わせてみたのは、カシミヤフランネルのジャケットにウールのキャバルリーツイルを使ったトラウザーズ。

キャバルリーツイルのトラウザーズ。カシミヤフランネルのジャケット、バーガンディのオックスフォードシューズとともに
キャバルリーツイルのトラウザーズ。カシミヤフランネルのジャケットとともに

履いている状態を客観的に見てみましたが、靴を間近で見ない限りはシームレスであることなど見分けがつきません。職人の技へのリスペクトが全てかな、といったところでしょうか。

バーガンディーのオステリティーブローグ。足元にクロースアップ
足元にクロースアップ

ドレッシーな靴には、ドレッシーな趣きのベルトが欠かせません。

ベルトとのコーディネート
ベルトとのコーディネート

上の写真でコーディネートしたベルトは、下の記事で紹介しています。

金ボタンのブレザーについても、こちらで記事にしました。

最後に、茶色のセットアップと合わせてみました。

茶色のエスコリアルウールのセットアップを、タイドアップして着用
茶色のエスコリアルウールのセットアップとともに

最後に

今回は、特殊な技巧で作られた私の注文靴を紹介させていただきました。

オステリティブローグのオックスフォードシューズ

この靴は納品いただいて数ヶ月が経つのですが、今回取り上げたシームレスの意匠の美しさもあり、履き下ろしが勿体なく感じていました。つい最近まではデスク上のオブジェとして、リモートワークに潤いを与えてくれるアイテムとなっていたのですが、つい最近ようやく履き下ろすことができたので、今回の記事でハイライトしてみることにしました。

下のリンクから、ドレスシューズをハイライトした他の記事をご覧いただけます。ビスポークの靴だけでなく、アジアのシューメーカーによる既成靴・Made-to-order (MTO) についてもレビューしています。

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ビスポークのものからアジアの靴職人による既製品・Made to order (MTO) のものまで、私が手にしてきたドレスシューズを紹介します。

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