「繊維の宝石」とも称されるカシミヤ。
その織元として有名なのは、スコットランドの「Johnstons of Elgin (ジョンストンズオブエルガン)」や「Begg & Co (ベグアンドコー)」などでしょうか。これらのメーカーは、男女問わず使えるマフラー・ストールで広く認知されているのではないかと思います。他にも、ジャケットやコートの生地の供給元として、イタリアの「Piacenza (ピアチェンツァ)」や「Loro Piana (ロロピアーナ)」、「Colombo (コロンボ)」、「Cesare Gatti (チェーザレガッティ)」などもよく見かけるかと思います。
一方で、ここ日本にも、カシミヤ原毛の買付けから紡績、織りまで一貫でこなしているメーカーがあります。今回はそのひとつに数えられ、かつ大変ラグジュアリーな生地を送り出していることで知られる「深喜毛織 (ふかきけおり)」のミルショップに訪問した経緯について紹介したいと思います。
深喜毛織に興味を持ったきっかけ
吊るしのコートに使われていた「ウルグアイハイブリッドウール」
私が深喜毛織の存在を知ったのは、この記事を作成している2023年から遡ること7、8年ほど前に購入したコートに、深喜毛織の生地が使われていたことがきっかけでした。国内の某セレクトショップのオリジナル製品として売られていたものです。
ウール100%なのですが、エスコリアルウールのような風合い・柔らかさを秘めた生地。ちょっとしたナチュラルストレッチ性も持ち合わせているように感じます。肝心の生地はというと、原毛の太さが15.5ミクロンのウールを紡績して織り上げられた「ウルグアイハイブリッドウール」というものが使用されています。15.5ミクロンはスーパー160’s相当ということになります。このウルグアイハイブリッドウールを紡績から手がけているのが、深喜毛織だということを知りました。
下の記事によると、ウルグアイハイブリッドウールもメリノ種に分類はされるものの、オーストラリアのメリノ種よりも毛のクリンプ (捲縮) が強いとのことです。ナチュラルストレッチを感じたのは、こうした原毛の特性もあってのことなのでしょう。
大西基之氏 著「メンズ・ウエア素材の基礎知識 毛織物編」によると、そもそもウール原毛のクリンプが強いほど紡績性が良く、かつ繊維が空気を含んで保温性に富むようです (第1部 7 (3))。
なお、このコートですが、こうした特別感のある織地をリバー接合によるダブルフェイスで使用する大変贅沢なものです。
ダブルフェイスによる生地のコシを生かして芯地を最小限にして仕上がっており、縫製も手縫いの割合が高い贅沢なものです。
(ただ、企画としてはスベったのでしょうか… 私はアウトレットで投げ売りされていたものを入手しました)
しかしながら、このコートの購入当時は、生地の出自にあまり興味を持つことはありませんでした。
テーラーで触れた、希少なカシミヤのジャケット生地
そして今回、深喜毛織のミルショップ訪問に至るような関心を持ったのは、同社の生地をテーラーで紹介されたのがきっかけでした。
カシミヤのジャケッティングについて相談した所、提案いただいたのが下の「Baby Cash (ベビーキャッシュ)」と「Golden Cash (ゴールデンキャッシュ)」という織地。
生地そのもののクオリティもさることながら、スワッチのプレゼンテーションにも心を奪われました。写真のように、スワッチは一枚一枚カード状になっており、瀟洒な箱に収められています。
特別感を感じるのはスワッチがカード状になっていることではなく、この箱の中に本当に多くの見事な生地見本が納められていたこと。最上級の繊維とも呼ばれるビキューナ100%の織地をはじめ、カシミヤ・ビキューナ混紡生地、アイベックスやグアナコといった希少な獣毛の生地で溢れていました。
なお、ペコラ銀座の佐藤英明さんが、ご自身のYouTubeチャンネルにて深喜毛織のビキューナ混のカシミヤ生地を紹介されています。ビキューナを15%混紡したカシミヤ生地とのことです。
Baby Cash・Golde Cash以外のスワッチは写真を撮り損ねてしまったのですが、まさに「繊維の宝石箱」というべき生地たちに魅了されました。Baby Cash・Golde Cashに関しては、非常に高いポテンシャルを窺わせながらも、Loro Pianaのハイグレードカシミヤなどと比べると、価格はべらぼうに高いというわけではないようです (もちろん、決して安い部類ではありません)。逆に、この価格帯のイギリス・イタリアのカシミヤ生地は、明らかに刺毛 (ヘアー) の混入が目立つものもあったりしますので、コストパフォーマンスにも優れているのではないかと思います。(かくいう私も、過去に安さにつられて某イタリア生地メーカーのカシミヤでコートを作った際に、挙がってきた仮縫い現物の刺毛混入が凄まじくて激萎えした一人です。注文時に見たスワッチが4 x 4 cmくらいの大きさでしかなく、見極めができなかったのですよね…)
調べてみると、深喜毛織は冬場のみ「ミルショップ」を開設して自社商品を即売しているということがわかり、2022年の瀬に訪問してみることとしました。店内で見られるのは総じて冬物の商品なので、ミルショップも冬季限定の開設となっているようです。
工場を訪ねてみた
深喜毛織は、大阪・泉大津市に本社・工場を構えています。関西国際空港からは程近く見えるものの、公共交通機関だとややアクセスに難があるので、今回は大阪市街から車で訪れることとしました。
泉大津市と毛織物業
そもそも、日本の毛織物業といえば、愛知県・岐阜県にまたがる尾州北部が有名です。私も今回の訪問を通じて初めて知るところとなったのですが、泉大津市は「毛布の街」なのだそう。その歴史的経緯については、下の日本経済新聞の記事が詳しいです。
阪神高速を降りて現地に向かう道中にも、毛織物業と思しき会社・工場がいくつか目につきます。下の写真の右手奥にあるのは、カーペットの工場のよう。
工場に到着
高速を降りて20分ほど走ると、深喜毛織の本社・工場に到着しました。
敷地の道路を挟んで向かいに、来客者も使用できる駐車スペースがありました。こちらに車を停めておきます。敷地の入り口には守衛さんがいます。ミルショップを訪ねた旨を伝えると、そのまま敷地に入ってよいとの案内でした。
敷地に入ると、右手側に事務所用と思しき棟が見えます。
その傍らには、品質マネジメントに加え、労働衛生や環境マネジメントのISO認証を取得したことを表す看板が立てられていました。
2022年は、前年に続いて中国の新疆ウイグル地区で生産される「新疆綿」の強制労働をめぐる問題が取り沙汰された年でもありました。また、毛織物業は洗毛や染色、縮絨などの工程で水を多く使い、その排水処理の管理が環境負荷を左右すると聞きます。ESG (環境、社会、ガバナンス) が強く意識されるようになっている服飾業界において、とりわけ素材メーカーがグローバル企業のサプライチェーンに加わるには、労働衛生や環境保全に関わる体制強化が重要になってくるのでしょう。
もう少し敷地の奥に進むと、ミルショップがありました。今回の目的地です。
さらに奥に進むと、染毛や紡績、染色、織りなどを手がける工場があるのでしょうが、今回はこれ以上奥には進めませんでした。
最後に
いつもながら前置きが大変長くなってしまいましたが、ミルショップで見たもの・聞いたことは次の記事でご紹介できればと思います。
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