前回、インドネシア発の手製靴メーカー〈Winson Shoemaker (ウィンソンシューメーカー)〉から届いたMade-to-order (MTO) ドレスシューズのファーストインプレッションをお届けしました。
今回は、Winson ShoemakerでMTO靴を注文した一連のエピソードの締めくくりとして、手にした靴のコンストラクションや、足入れ後の所感について触れていきたいと思います。なお、注文以前の経緯は下の2つの記事で紹介しているとおりです。
底付けを中心としたコンストラクション
前回はアッパー周りに注目したので、今回はまずボトミング関連を見てみたいと思います。
製靴は手作業をふんだんに盛り込んだもののようで、釣り込み、ウェルティング、アウトソール (本底) の縫い付けといった重要工程はハンドワークであるとのことです。加えて、過去に下の記事で着目したトゥパフ (先芯) やヒールカウンター (月型芯) については、ヌメ革を漉いて作ったものを使っているとのこと。製法・素材とも古典的な手縫いの靴がここに。
さて、アウトソール全体を写してみたのが下の写真。アウトソールはロウか何かでかなりツヤツヤに仕上がっています。最初はかなり滑りそうなので、少しサンドペーパーで表面を荒らしてから履き下ろしました。
エレガントなボトミングのデザイン
靴底のウェスト部は、フィドルバックが形成されたベヴェルドウェストになっています。
加えて、前回も着眼したとおり、ウェスト部はアウトソールの革をウェルトの上に巻き込んだブラインドウェルトとなっています。Winson Shoemakerの靴の価格帯で、ここまで手が込んだものは珍しいと感じます。
ヒールにはテーパーが掛かっています。アジアの靴の中には、ヒールがウエスタンブーツのごとく内側に削がれたものも散見されますが、Winson Shoemakerのそれは比較的抑えめな印象です。
以前も言及しましたが、ベヴェルドウェスト、フィドルバック、テーパードヒールの3つは標準仕様になっているようです。ただし、ウェストを絞らない (Square waist) 仕様とすることもでき、この場合は標準から少し金額が割り引かれるとのこと。ただし、オーダーフォームにこれら3点を明示的に指定する場所がなかったので、備考欄などに明記しておく必要がありそうです。
個人的にはあまり重視していないディテールですが、出し縫いのピッチにも着目してみました。下の写真には、マスキングテープを1インチの長さに切ってウェルトに貼り、その中に出し縫いのステッチがいくつ現れるかを確認している様子を写しています。下の状況だと縫い目は9つ。実際には、10 spi (stitch per inch) 程度なのかなと観測されます。
がっかりした独自のトゥープレート
注文時のいきさつを紹介した記事でもハイライトした、Winson Shoemakerが独自に作成しているトゥプレート。真鍮製のもので、ボタニカルな模様が特徴的です。
とても美しいパーツなのですが、ひとつ残念な点が。それは、ビスの頭がプレートに十分埋まっておらず、飛び出してしまっていることです。路面次第では引っかかりが生じて歩行に支障を来してしまったり、カーペット張りの床などを傷めてしまったりする懸念があります。
自分で増し締めしてみようとしましたが、これ以上ビスは奥に進みません。試しにビスを1本抜いてみたところ、プレート側のビス穴はザグリ加工されてはいるようです。しかしながら、ビス皿の寸法と合致しておらず、浮きが発生してしまっているものと見受けられます。
どうしようもないので、アスファルトの上などを歩いているうちにすり減ることを期待しつつ、このまま着用することにしました。どうしても問題が無視できなくなれば、再度対策を考えたいと思います。靴修理屋で取り付けてもらうものやMTOの完成品に装着されているものを含め、ここまで仕上りの悪いトゥプレートは過去に見たことがありません。
ラステッドシューツリー
MTOの靴には、標準でラステッドシューツリーが含まれています。
過去にも言及したとおり、今回私は〈Aurora (オーロラ)〉という名のラストで靴を製作いただいています。このシューツリーを眺めつつ、Auroraラストの特徴に触れていこうと思います。
写真撮影の背景光を変えて、陰影が出るように写してみました。個人的には、ちょうど陰影で写し出された、つま先から一の甲に繋がる稜線がこのラストのキャラクターになっていると感じます。
側面から見た様子。
甲周り。前回の記事で着目した一の甲とサイドウォールの角ですが、シューツリーを見てもややアールが取られているのが伝わります。
前回の記事では、シンガポールのブティック〈Yeossal (ヨーサル)〉のMTOドレスシューズと比較しましたが、Yeossalの靴のラステッドシューツリーの写真も再掲しておきます。なお、こちらは同ブティックの「SG65」というラスト。やはり、サイドウォールの様相が大きく異なります。
足を通してみて
ひとしきり眺めたうえで、こちらの靴に足を通してみました。
サイズ感
まずは、サイズ感について履き始めの時点でのインプレッションを。
まだこの靴を履いてたくさん歩き回ったわけではないのですが、足長や足幅については正解に限りなく近いサイジングのように感じます。こちらで紹介したように、両足の輪郭をペンで紙の上になぞり、足型や寸法を送るなどして綿密な調整をした甲斐があったというものです。
一方、履き始めの現時点では、甲のストラップに3つある穴のうち、最も緩い穴にしかバックルを通すことができません。本来留めるべき真ん中の穴には、どう頑張ってもバックルが通らないのです。しばらく履いているうちにアッパーが伸びたり足に馴染んだりして、真ん中の穴でストラップを通せるようになるのを待つ必要がありそうです。逆に、最初から真ん中の穴にバックルを通せてしまうと、靴が足に馴染むにしたがって真ん中の穴だと緩すぎるような事態になってしまうのかもしれません。
副資材と着用感
インソックはハーフソックとなっています。踵のインソックの下には、比較的厚手のクッションが入っています。
ヒールカウンターはそれほど長くはなく、土踏まずの内側を支えるような着用感はありません。これは、先ほど挙げたYeossalの靴と同様の傾向のようです。私は土踏まずを支えるロングカウンターの履き心地が好きなので、個人的な好みには一歩及ばずという印象。
もしかすると、ロングカウンターはラストと足のフィット具合が十分でなければ、かえって履き心地や歩行に支障を来すような側面もあるのかもしれません。もしもこれが正しいとすれば、今回の私のように試着をせずに靴を購入するような場合、ロングカウンターはリスク要因になってしまうといえます。特にアーチの高さは人それぞれですので。
なお、上記のとおり、ストラップを十分に締めることができないため、二の甲がしっかりと保定されません。トータルの履き心地はもう少し時間を掛けて見極めたいです。
インソールに穿たれた謎の穴 (?)
前述のトゥープレートの問題に続いて、もう一点気掛かりな点が。
どういうわけか、左足のみインソール (中底) に謎の穴らしきものが見えます。
気になるのでWinson Shoemaker側に問い合わせてみたところ、ラストに残っていた釘が原因かも?とのこと。一応、耐久性や履き心地には問題ないとの見解でした。貫通した穴ではなく、インソールのクセ付け時に釘のサビが移って黒く見えている可能性が考えられるようです。確かに、インソールのクセ付けの際にはインソールの革を濡らしてラストに釘で固定するため、鉄の釘が革の水分と反応して錆び、インソールに黒い痕跡が残ると聞きます。いずれにせよ、この穴らしきものに上の写真以上に近寄って見ることができないので、これ以上の推測が難しい状況です。
最後に
4回にわたって、Winson Shoemakerにオーダーしたドレスシューズを紹介しました。
納期が予定よりも顕著に遅れたこと、アッパーの革質、トゥープレートのビスやインソールの穴の問題など、いくつか気になった点はありますが、今のところ満足感は5点満点で3点といったところ。中国・雲南省発の〈Yearn Shoemaker (ヤーンシューメーカー)〉や上述のYeossal、さらに本Webサイトで未紹介のものも含め、これまで私はアジアの手製靴をいくつか試してきましたが、費用対効果も意識した現時点での満足度は最も高い部類に来るかと思います。もちろん、まだまだじっくり履き込まないと真価は見えてきませんが。
一方で、2足目を注文するか?と問われると、少し悩ましいところ。アジアのシューメーカーにドレスシューズのMTOを注文するのは、昨今の日本円の独歩安をもってしても依然大きな割安感があります。しかしながら、最近は日本の技術力・美的センスの高い職人の方に靴を作ってもらいたい気持ちの方が強く、たとえ予算が倍以上になろうとも日本の手製靴のエコシステムに貢献していきたいと感じています。また、何足でも際限なく手元に靴を置けるなら話は別ですが、靴箱やクローゼットの収納力の制約上、今後入手する靴はきっちり厳選していかなければならないのも一因です。
Winson Shoemakerに加え、本稿でも言及したYeossalやYearn Shoemakerの靴に関する記事や、日本の靴職人の方に作っていただいたビスポーク靴に関するエピソードを公開しています。ご関心があれば、下のリンクから併せてご覧ください。
《関連記事》手製のドレスシューズの紹介
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