巷では、春夏シーズン向けの洋服の展開が本格化している時期でしょうか。私は昨年たくさん洋服を作ったということもあり、今年の春夏シーズンはおとなしくしていようかと考えています。欲しい物や構想は、両手に収まらないほどに多くあるのですが……。
さて、昨年仕立てた洋服の一着に、ハイツイストなウールモヘアの生地で作ったジャケットがあります。春夏シーズンに向けたインスピレーションという名目で、今回はこちらのジャケットを紹介したいと思います。
こちらのジャケットですが、昨年「NAKATA HANGER (ナカタハンガー)」のハンガーを紹介したときの脇役として既出のものとなります。
加えて、このジャケットと同様にハイツイストなウールモヘアで仕立てたトラウザーズを紹介した際にも写り込んでいたもので、このトラウザーズと同時期に注文したものとなっています。
選んだ生地について
それでは、生地を選んだ経緯から始めてみたいと思います。
春夏の洋服との向き合い方と、これまで選ばなかったポーラー系の生地
私にとって、強撚の平織の生地、換言すれば「ポーラー系」の生地で洋服を仕立てたのは、これが初めてでした。
元々、トロピカルやホップサックのような春夏向けの生地は傷みが早いという思い込みがあったこと、そして、汗を多くかく夏場はなるべく清潔にしていたいという思いから、春夏シーズンの洋服は洗濯機で洗えるようなコンパクトヤーンのウール生地の既製品を買って2、3シーズンで着潰すという方針を採っていました。代表的なものでいうと、イタリアの織元である「Reda (レダ)」発の洗える梳毛ウール生地「Active (アクティブ)」を使った洋服といったところです。
そうした中、とあるセレクトショップにて「Canonico (カノニコ)」による4プライのトロピカル生地で作られた既製品のジャケットを目にします。春夏物ながらパリッとした風合いが素敵で、多孔質なので涼しげでもあります。これに着想を得て、2023年の春夏シーズンに向けてポーラー系の生地でジャケットを仕立てていただく構想が生まれました。
過去にも、着分やバンチブックのかたちでポーラー系の生地を目にすることはありました。しかしながら、私の感度が低いせいか、平らな生地の状態だとあまり大きな魅力を感じることはありませんでした。パンデミック以降、既製品の洋服を見るために実店舗に赴くようなことは乏しくなっていたのですが、最終的なゴールが注文服であるにせよ、既製品から得られるインスピレーションを軽視すべきではないことを再確認させられます。
着分から生地を選ぶ
このような経緯で、ネイビーブルー・無地のポーラーでジャケットを仕立てていただくことにしました。別の洋服の中縫いフィッティングの機会を利用して、着分の生地をいくつか準備いただき、拝見する運びとなります。
実際に見ることができたのは3つ。いずれも、目付は350 g/m前後で3プライとなっています。ひとつは「Taylor & Lodge (テイラー&ロッジ)」によるもので、「Travel HiPly」というペットネームがついたウール100%・3プライの生地。かなり暗めなトーンのネイビーで、少しフォーマルさが強くなりそうなものでした。
2つ目の生地は、入れ違いで他の方が押さえてしまったとのことで参考程度に拝見したものですが、「Scabal (スキャバル)」の「Titan (タイタン)」コレクションの生地。「Dormeuil (ドーメル)」の「Tonik (トニック)」などと並び立つハイツイストなポーラー系生地の代表作であるものの、既に廃盤になってしまっている生地です。当時イメージしていたものに近い発色で、タッチの差で売り切れてしまったのはとても残念でした。
最終的に選んだのは、「William Halstead (ウィリアムハルステッド)」のウールモヘアでした。注文時に写真やメモを残しておらず、耳に「WOOL AND 3 PLY MOHAIR」と織られている以外の詳細が定かではありません。ウールとモヘアの混率に関しては、確か70%・30%のものだったと記憶しています。
仕立ての側面から
次に、仕立てについていくつかのポイントを紹介します。
生地の固さとイセ量
モヘアの混率が高い生地ということもあり、生地の固さによって制限される運動量をいかに仕立てで補うか。巻き肩が強く、かつ人と比べて肩周りの骨が顕著に張った箇所がある私の場合、肩周りのフィッティングが鬼門となります。
そこで、肩周り・袖周りにはいつもより多くのイセを入れていただいています。袖山のイセは10 cm弱とも伺ったような記憶で、中々のボリュームかと思います。
ただし、袖山に多くのイセが入るということは、上腕にボリュームが出てしまうということ。下の写真だと少し伝わりにくいのですが、横から見ると腕はやや太めの仕上がりとなっています。正面から見た場合はそこまで違和感はないのですが。
軽快さを印象付ける半裏
せっかくハリのある生地を使うので、前身頃はガチガチになりすぎない程度に構築的に作っていただいています。裏地の設えについては、私としては初めてとなる半裏を選択してみました。
過去に紹介したネイビーのブレザージャケットを仕立てた時に問題となっていた、キュプラの裏地の供給不足。このジャケットの製作の際にも支障となり、最終的に海外製のビスコースレーヨンの裏地を使うことになりました。
コーディネートと着用シーン
最後に、このジャケットのコーディネートについて触れてみたいと思います。
同じく強撚ウールモヘアのトラウザーズと
私にとって鉄板となっているのは、冒頭でも言及し、過去にも紹介記事をしたためたウールモヘアのトラウザーズとのコンビネーション。
上のリンクの記事にもあるとおり、トラウザーズはかつて存在した「Boobros (ブーブロス)」というミルによる生地を使ったものです。織元こそそれぞれ異なるものの、下の写真のように両者はとても似通った生地感を有しています。一方、このジャケットをトロピカルのトラウザーズなどと組み合わせると、どうしても生地間のミスマッチが気になってしまい、いつもこの組み合わせに逃げてしまっています。
その結果、少なくとも昨年においてはこのトラウザーズ以外とのペアリングを試したことがなく、半ばセットアップかのように組み合わせて活用していました。トラウザーズの方は、上衣を選ばず使いまわせているのですが。
ただし、実際には上の写真のようにタイドアップはせず、リネンシャツや鹿の子生地のポロシャツなどをインナーに装うことが多いです。
ちなみに、上のコーディネートで合わせたドレスシューズは、下の記事で紹介しているものです。
着用シーンと気になる暑さ
上で紹介したセットアップの装いですが、初夏から初秋に至るまで、仕事でお客さまに会うような際に非常に重宝しました。
ジャケットもトラウザーズも目付けが350 g/m前後なので、流石に真夏に屋外を長く歩くようなシチュエーションだと辛いものがあります。しかし、こと昨年においては仕事で長時間屋外を歩くことは少なく、苦になったことはありませんでした。また、私は普段からジャケットを手に持って歩くことが多く、地下通路のような空調が効いていない屋内ではジャケットを着ずに凌いでいます。
悪条件の中で着用したとしても、生地の通気性が良好だからなのか、目付けの割には暑さに苦しむことはない気がします。上述のように裏地を半裏にしたのですが、これによって表地と裏地との間に生まれる空気の層が廃されたことが、過度な暑さに苦しまずに済んでいる一因なのかもしれません。
今後はこんな風にも着てみたい
昨年は似たような織りのトラウザーズとの組み合わせに終始してしまったので、今年は少し変化を加えたいところ。洗いの掛かったブルージーンズとのコーディネートなどを画策しています。
足元は、中国・雲南省発の「Yearn Shoemaker (ヤーンシューメーカー)」のレイジーマン。
もしくは、白のデニムを使ったトラウザーズと。
こちらは、インドネシアの「Winson Shoemaker (ウィンソンシューメーカー)」によるストラップシューズとのコンビネーションです。
最後に
今回は、1年近く前に仕立てた強撚ウールモヘアのジャケットを紹介しました。
昨年2023年におけるドレスウェアのベストバイ記事では、取り立てて個性がないとみなしたこのジャケット。改めて向き合ってみると、いくつかの着想に辿り着くことができました。
今回紹介したようなポーラー系の生地以外にも、私には食わず嫌いとなってしまっているかもしれない生地や柄が多くあります。次の一着に向けたミューズが得られるよう、既製品や雑誌などの媒体の情報にもアンテナを張っていきたいですね。
この他にも、過去に誂えた注文服を中心に、私のドレスウェアに関するエピソードを紹介しています。よろしければ、下のリンクから併せてご覧ください。
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